《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
突然の激しい頭痛に襲われ、命を落とす危険性があるくも膜下出血。
この恐ろしい疾患の主な原因は脳動脈瘤の破裂で、予防と早期治療が非常に重要です。
しかし、最近の研究で水素吸入がくも膜下出血の予防や後遺症改善に効果的であることが示唆されています。
本記事では、くも膜下出血の原因や症状、治療法に加え、水素吸入の効果に関する最新の研究結果について詳しく解説します。
くも膜下出血について
くも膜下出血は、頭蓋骨と脳組織の間にあるくも膜下腔と呼ばれるすき間へ出血が起こる疾患です1,2)。
脳卒中の1つとして知られており、日本では年間で人口10万人あたり約20人が発症します。50〜60歳代の方に多く、女性は男性の約2倍発症しやすいといわれています3)。
脳の血管が突然破れて、短時間で命を落とす可能性が非常に高い、重篤な疾患です。
くも膜下出血の原因
くも膜下出血の原因は、ほとんどが脳動脈瘤(のうどうみゃくりゅう)の破裂です。実際に80〜90%の方が脳動脈瘤の破裂によってくも膜下出血を発症するといわれています1,2,3)。
脳動脈瘤はさまざまな原因で動脈の壁が弱くなった部分にできるこぶです。先天的に存在することもありますが、高血圧などを長く放置することで血管に負荷がかかり発症する可能性もあります。
他にも、くも膜下出血を発症しやすい危険因子には次のものが挙げられます2)。
- 高血圧
- 喫煙
- 過度の飲酒
- 遺伝など
くも膜下出血の症状
くも膜下出血の主な原因である脳動脈瘤は破裂するまで症状は現れにくいですが、目の神経を圧迫して物が二重に見えたり、微量の出血で頭痛を起こしたりすることがあります1,2)。
実際に破裂したときには、次のような症状が現れます。
- 激しい頭痛
- 顔や目の痛み
- 物が二重に見える
- 目がかすむ
- 首が硬直する
- 意識を失う
とくに頭痛は突然発症し、これまで経験したことがないほどひどい頭痛だと表現されることが多いです。数秒〜数分単位で症状が進行し、病院に到着する前に亡くなる場合も少なくありません。
くも膜下出血の治療
くも膜下出血の治療では、再び出血するのを防ぎ、それ以上の悪化を食い止めることが最も重要です1,2)。
主な治療方法には、動脈瘤をクリップで挟んで閉じてしまう方法と、血管の中からカテーテルを用いてコイルを詰める方法の2通りがあります。
これらを適切に行えば、軽症・中等症であれば約80%の方が発症前とほとんど変わらない生活を送れるようになります。しかしながら重症だと回復する確率は20〜40%と下がってしまうのが現状です。
水素吸入はくも膜下出血の予防に効果はある?
これまで見てきたように、くも膜下出血は一度発症すると非常に重篤化しやすい疾患です。そのため、高血圧など危険因子の排除による予防がとくに大切です。
高血圧に対して水素吸入が有効とする報告が多数認められています。別の記事で詳しく解説しているので、よければそちらをご覧ください。
>> 【医師監修】水素吸入療法は高血圧の予防や改善に役立つ?
水素吸入はくも膜下出血の改善に効果はある?
くも膜下出血は出血にともなう炎症や酸化ストレスが後遺症や生命予後につながっていると考えられています。
この炎症や酸化ストレスに対して水素吸入が一般的に有効であるとの報告が増えており、近年多くの疾患で研究が行われています。
くも膜下出血においても水素吸入が有効な可能性が示唆されているので、ここでは2つの研究報告をご紹介しましょう。
水素吸入が生存率と神経障害を改善した
2019年に報告されたこの研究は、くも膜下出血を誘発したラットを用いて、くも膜下出血後における水素吸入の生存率や神経保護への有効性を検証しています4)。
ラットを3群(偽手術群、空気吸入群、水素吸入群)に分けて、くも膜下出血の誘発後0.5、8、18時間後に吸入を行いました。
すると以下の結果が得られました。
- 24時間後、くも膜下出血の評価は空気吸入群と水素吸入群が同程度であったが、神経保護評価は水素吸入群が空気吸入群と比べて有意に高かった。
- 72時間後の生存率が、空気吸入群は66%であったのに対して、水素吸入群で100%と有意に高かった。
この結果から、水素吸入がくも膜下出血後の生存率と神経障害を改善する可能性が示唆されたといえます。
水素吸入がくも膜下出血後の脳損傷を軽減した
次に2020年に報告された研究を紹介します。
この研究では上記報告と同様にくも膜下出血を誘発したラットを用いて、くも膜下出血後における水素吸入の遅発性脳損傷への有効性を検証しています5)。
遅発性脳損傷はくも膜下出血の予後を悪化させる主要な合併症です。
ラットを3群(偽手術群、空気吸入群、水素吸入群)に分け、水素吸入群ではくも膜下出血直後と24時間後に水素吸入を行いました。
すると次の結果が得られました。
- 脳浮腫など早期脳損傷の評価項目が、空気吸入に比べて水素吸入群で有意に改善した。
- 神経学的欠損や神経細胞死、他の遅発性脳損傷の評価項目が、空気吸入群に比べて水素吸入群で有意に改善した。
この結果から、水素吸入がくも膜下出血後の合併症を改善する可能性が示唆されたといえます。
【私はこう考える】水素吸入とくも膜下出血
これまで水素吸入とくも膜下出血の関係について詳しく見てきました。
実際に水素吸入がくも膜下出血後の状態を改善しているとデータで明らかにされたのは大きな成果だといえます。
しかしながら、私が調べた限りではヒトでの臨床研究はまだ報告がありませんでした。
動物実験の結果はもちろん重要な意義を持ちますが、同じ結果がヒトでも得られないことは往々にしてあり、臨床研究での知見が臨床応用のためには重要です。
そんな状況のなか、くも膜下出血での水素吸入の臨床研究が中国で実施中との報告が2024年1月に発表されました6)。
報告でも言及されていますが、これはおそらく世界初のくも膜下出血での臨床研究であり、206人が被験者として登録されています。
まもなく研究結果が発表されると思いますが、今後ヒトでのくも膜下出血にも水素吸入が有効な可能性がますます報告されていくことを期待しています。
参考文献
- くも膜下出血(破裂脳動脈瘤)|地方独立行政法人秋田県立病院機構秋田県立循環器・脳脊髄センター
- くも膜下出血(SAH)|MSDマニュアル
- くも膜下出血の疫学と転帰
- Camara, R., Matei, N., Camara, J., Enkhjargal, B., Tang, J., & Zhang, J. H. (2019). Hydrogen gas therapy improves survival rate and neurological deficits in subarachnoid hemorrhage rats: a pilot study. Medical gas research, 9(2), 74–79. https://doi.org/10.4103/2045-9912.260648
- Kumagai, K., Toyooka, T., Takeuchi, S., Otani, N., Wada, K., Tomiyama, A., & Mori, K. (2020). Hydrogen gas inhalation improves delayed brain injury by alleviating early brain injury after experimental subarachnoid hemorrhage. Scientific reports, 10(1), 12319. https://doi.org/10.1038/s41598-020-69028-5
- Lin, F., Li, R., Chen, Y., Yang, J., Wang, K., Jia, Y., Han, H., Hao, Q., Shi, G., Wang, S., Zhao, Y., & Chen, X. (2024). Early Hydrogen-Oxygen Gas Mixture Inhalation in Patients with Aneurysmal Subarachnoid Hemorrhage (HOMA): study protocol for a randomized controlled trial. Trials, 25(1), 377. https://doi.org/10.1186/s13063-024-08231-5
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