《この記事の執筆者》

2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
「あれ、何しようとしてたんだっけ…」そんな経験、増えていませんか?
もしかしたら、それ、更年期障害のサインかもしれません。女性ホルモンの減少は、脳の「海馬」にも影響を与え、物忘れを引き起こす原因に。
この記事では、更年期障害による物忘れのメカニズムを解き明かし、さらに、抗酸化作用で海馬を守る可能性を秘めた「水素吸入」について、最新の研究結果を交えてご紹介します。今の不安と向き合い、より良い明日への一歩を踏み出しましょう。
水素吸入が更年期障害の物忘れを予防・改善する可能性が水素水を用いた動物実験の結果から示唆されている。しかし、現時点ではヒトを対象とした研究がなく、理論的に可能性が推測される段階。
(すいかつねっとのエビデンス評価基準はこちら)
更年期障害の物忘れについて

更年期障害では、閉経に伴う女性ホルモン(エストロゲン)の急激な減少により心身にさまざまな変調が現れます。物忘れも症状の一つであり、まだ物忘れがある年齢ではないのに…とお悩みを抱えている女性も多いでしょう。
物忘れを放っておくと日常生活に支障を来し、重症な場合には日常の困難さから抑うつ症状などの精神症状を引き起こすケースもあります。
一方で、更年期障害による物忘れは明確な治療方法が確立しておらず対処が難しい症状です。
まずは、更年期障害の物忘れの原因、症状、治療方法を詳しく見てみましょう。
更年期障害の物忘れの原因
更年期障害の物忘れは主に次のような原因で引き起こされると考えられています。
- エストロゲンの減少
- ストレスや睡眠不足による集中力低下
- 脳への血流低下
特に、エストロゲンには海馬(記憶を司る脳の部位)を保護する働きがあります。そのため、エストロゲンが低下すると海馬の働きも弱まる可能性が指摘されているのです。
また、更年期障害ではストレスや睡眠不足、自律神経バランスの乱れによる血流低下などさまざまな症状が引き起こされます。その結果として物忘れが引き起こされるケースも少なくありません。
更年期障害の物忘れの症状
更年期障害による物忘れには次のような特徴があります。
- 直前に話した内容など近い時間のことを忘れる
- 集中力や注意力が低下する
- 物事を決断できなくなる
- 考えがまとまらなくなる
更年期障害の物忘れは単なる加齢による認知機能の低下ではなく、日常生活を送る上で必要となる集中力、注意力、決断力などの低下も引き起こすのが特徴です。
症状の現れ方には個人差がありますが、気になる症状があるときは更年期障害の症状の可能性があります。軽く考えずに適切な対策を考えましょう。
更年期障害の物忘れの治療方法
更年期障害による物忘れは明確な発症メカニズムが解明されていない部分も多く、確実な治療方法はないのが現状です。
基本的には、血流を改善したり脳を刺激したりするための生活改善を行いながら症状とうまく付き合っていくことが大切です。
しかし、症状が強いときには根本的な原因となるエストロゲンの不足を補うホルモン補充療法や更年期障害の症状改善に効果的な漢方薬による薬物療法が行われます。
水素吸入が更年期障害の物忘れを予防、改善する可能性

物忘れは更年期障害でよく見られる症状の一つです。しかし、明確な治療方法がなく、日常の不便さを感じながら生活している女性も多いでしょう。
これまでにも更年期障害による物忘れの予防、改善へ向けた方法を見出すための研究は多く行われてきました。水素吸入が物忘れを予防、改善するとする直接的な研究結果は現在のところ報告されていません。
しかし、水素吸入が活用できる可能性を推測できる間接的に研究結果は報告されています。
具体的な内容を詳しく見てみましょう。
抗酸化物質が海馬の機能を高める?
2019年、日本の研究チームは抗酸化物質であるアスタキサンチンと適度な運動が海馬の機能を高める可能性を示唆する研究結果を報告しました1)。
この研究はマウスを用いた動物実験によって行われ、4週間に渡ってアスタキサンチンを与えて適度な運動をさせたマウスの海馬の神経の状態と記憶機能の変化を検証しました。
その結果、アスタキサンチンの投与と適度な運動はともに海馬の神経新生を促し、記憶力を向上させたことが明らかになっています。
水素吸入が更年期障害の物忘れ予防に役立つ可能性
この研究結果から、抗酸化物質には海馬の機能を維持する働きを持つことが示されました。上述したように、更年期ではエストロゲンの急激な変化によって海馬の働きが低下する可能性が指摘されています。
そのため、抗酸化物質の投与によって海馬の機能が維持できれば、更年期障害による物忘れも予防できる可能性が期待できると考えます。
水素吸入は高い抗酸化作用を持つため、物忘れの予防に役立つ可能性があります。
まだ動物実験の段階であるため確実な効果があるとは言えませんが、今後の研究の進展には期待できるでしょう。
水素水が脳への血流低下による物忘れを改善する?
2021年、韓国の研究チームは水素水(水素ガスが溶けた水)が脳への血流低下による物忘れを改善できる可能性を示した研究結果を報告しました2)。
この研究は脳への血流を低下させたマウスを用いた動物実験によって行われ、水素水を投与して行動の変化や脳の組織の変化を検証しました。
結果として、水素水を投与したマウスは記憶力が改善し、脳の萎縮した細胞数も減少したことが明らかになっています。
水素吸入が更年期障害の物忘れを改善する可能性
今回の研究で、研究者たちは水素水の抗酸化作用と抗炎症作用が脳の細胞を保護し、認知機能低下に役立つ可能性があると結論付けました。
まだ動物実験の段階であるため確実な効果があると断言はできません。
しかし、この研究の説が正しいとすれば、脳への血流低下が一因である更年期障害の物忘れにも水素水の効果が期待できる可能性はあるでしょう。
さらには、より効率的に水素を取り込める水素吸入にも同様の効果が期待できると考えられます。
【私はこう考える】水素吸入と更年期の物忘れ
物忘れは更年期障害の深刻な症状の一つです。年齢のせいと軽く考えられるケースも多く、記録力や集中力の低下などによって日常生活に困難さを感じている女性も少なくないでしょう。
今回ご紹介した2つの研究結果はいずれも理論的な考察に留まりますが、今後の水素吸入の可能性を示唆する貴重な結果であったと考えます。
日本の研究チームは抗酸化物質と海馬機能の関係を示し、韓国の研究チームは水素水が及ぼす記憶力の変化を検証しました。結果として、水素水などの抗酸化作用は記憶力の維持や改善に役立つ可能性が示唆されています。
現在のところ更年期障害の物忘れに対する水素吸入の効果を示した研究は行われていませんが、今後研究が大規模に行われ更年期障害の物忘れの予防や改善方法としても応用される日を期待しましょう。
参考文献
- Yook, J. S., Rakwal, R., Shibato, J., Takahashi, K., Koizumi, H., Shima, T., Ikemoto, M. J., Oharomari, L. K., McEwen, B. S., & Soya, H. (2019). Leptin in hippocampus mediates benefits of mild exercise by an antioxidant on neurogenesis and memory. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 116(22), 10988–10993. https://doi.org/10.1073/pnas.1815197116
- Lee, D., & Choi, J. I. (2021). Hydrogen-Rich Water Improves Cognitive Ability and Induces Antioxidative, Antiapoptotic, and Anti-Inflammatory Effects in an Acute Ischemia-Reperfusion Injury Mouse Model. BioMed research international, 2021, 9956938. https://doi.org/10.1155/2021/9956938
このコラム記事は、一般的な医学的情報および最新の研究動向をもとに作成しておりますが、読者の方の個別の症状や体質などを考慮したものではありません。また、医学的アドバイス、診断、治療に代わるものではなく、特定の製品や治療法の効果・効能を保証、証明するものでもありません。健康上の問題がある場合は、自己判断せずに医療機関を受診し、医師などの専門家に必ずご相談ください。本コラム記事の情報をもとに被ったいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。