《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
胃潰瘍は、ピロリ菌感染や薬剤の影響により胃粘膜が傷つき、痛みや不快感を引き起こす病気です。放置すると出血や穿孔などのリスクもあり、適切な治療が欠かせません。
従来の治療法に加えて、近年注目されているのが水素吸入療法です。水素の抗酸化作用が胃潰瘍の予防や症状改善に効果を発揮する可能性が示唆されているのです。
本記事では、胃潰瘍の原因や症状、標準的な治療法に加え、水素吸入が予防や改善に効果を持つかどうか、最新の研究結果を基に解説します。
胃潰瘍とは
胃潰瘍とは、胃の粘膜が胃酸などで損傷を受け、痛みや不快感を伴う潰瘍が生じる病気です。
胃潰瘍と同様の病態が十二指腸で起こると十二指腸潰瘍になります。これらの病気は年々減少しており、厚生労働省による2022年度の患者調査によると、胃潰瘍及び十二指腸潰瘍の患者数は約24万人となっています。1)
まずは、胃潰瘍の原因や症状、標準的な治療方法について解説します。
胃潰瘍の主な原因
胃潰瘍の主な原因は、胃にヘリコバクター・ピロリ菌が感染することです。
また、解熱鎮痛薬として持ちいられる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアスピリンによる薬剤性潰瘍も増えています。その他、ピロリ菌とも薬剤とも関係のない、特発性潰瘍も増加傾向です。
ピロリ菌に感染すると、胃や十二指腸の粘膜に炎症が起こったり、粘膜の表面を保護している粘液が減ったりすることで、粘膜が酸によって傷つきやすくなります。すると、その部分の粘膜が無い状態となり、潰瘍となってしまうのです。
また、NSAIDsやアスピリンも、ピロリ菌と同じように粘膜を傷つけ、粘膜保護の力を弱めるため、潰瘍が起こりやすくなります。2)
胃潰瘍の主な症状
胃潰瘍の主な症状は、みぞおちの中の鈍い痛みや吐き気、嘔吐があります。
また、食後に痛みを感じることも典型的な症状です。
潰瘍からの出血があると、便に血液の成分が混じり黒色便となったり、あるいは吐血に至ることもあります。さらに、出血が長く続くと、貧血になることもあります。2)
胃潰瘍の標準的な治療
胃潰瘍は、基本的には内服薬による治療を行います。
胃酸の分泌を抑える薬や、胃粘膜の防御機能を高める薬を飲みます。
ピロリ菌が見つかった場合には、除菌療法を受けることが勧められます。
また、NSAIDsやアスピリンが原因で胃潰瘍になっている可能性がある場合には、その使用について再検討することも必要になります。
胃潰瘍が重症化すると、胃の壁に穴が空いてしまう、穿孔と呼ばれる状態になります。穿孔してしまった場合には、止血のために手術が必要になることも多いです。また、出血がひどく吐血がみられる場合には、内視鏡的に止血処置を行います。2)
水素吸入は胃潰瘍の予防・改善に効果はある?
胃潰瘍は、放置しておくと出血や穿孔などのリスクがある病気です。そのため、放置しておくことは好ましくありません。
現在の標準治療に対し、水素吸入療法は補助的な役割を果たしうるのでしょうか。ここでは、研究結果を元に解説していきます。
胃潰瘍の予防の可能性
胃潰瘍の発症は、ストレスやピロリ菌などによる酸化ストレスが大きな要因となります。酸化ストレスは、体内で発生するフリーラジカルが細胞を攻撃し、組織の損傷を引き起こす現象です。これにより、胃の粘膜が傷つき、潰瘍が形成されることがあります。
水素は選択的な抗酸化作用を持ち、酸化ストレスを軽減する働きがあるとされるため、胃潰瘍の予防につながるのではと期待されています。3)
Liuらの研究(2012年)によれば、水素ガスがストレスによって誘発される胃潰瘍の形成を抑制する可能性が示されています。この研究はラットを対象にした実験で、ストレスによって引き起こされた胃粘膜の損傷が、水素吸入によって軽減されたことが報告されています4)。論文中では、水素がフリーラジカルの除去を促進し、胃粘膜の保護に寄与しているというメカニズムが述べられています。
この結果から、酸化ストレスが関与する胃潰瘍の発症を予防する手段として、水素吸入療法が期待できる可能性があります。ただし、動物実験の結果を直接ヒトに適用できるかどうかはまだ明確ではなく、さらなる臨床研究が必要です。
胃潰瘍の症状改善の可能性
水素吸入療法が既に発症した胃潰瘍の症状改善に役立つかどうかについても、同様に期待が持たれています。
水素水を用いた研究では、アスピリンによって誘発されたラットの胃粘膜障害に対する効果が調べられています5)
この研究では、アスピリンが酸化ストレスや炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)の増加を通じて胃粘膜の損傷を悪化させることが示されました。しかし、水素水を摂取することで、これらの酸化ストレスのレベルが低下し、胃粘膜の損傷が軽減されたと報告されています。また、炎症反応を引き起こすサイトカインの生成も抑制され、胃粘膜の炎症や損傷の進行を抑制する可能性が示されました。
この研究結果から、水素吸入療法や水素水の摂取は、既存の治療を補完する形で、胃潰瘍の症状改善に寄与する可能性があることがわかります。ただし、これらの効果をヒトに適用するにはさらなる研究が必要です。
【私はこう考える】水素吸入と胃潰瘍
胃潰瘍は、基本的には内服薬での治療が効果的です。しかし、水素吸入療法によって予防や治療効果の向上が見込めれば、患者さんのQOL向上にも寄与できるでしょう。
今回ご紹介したように、動物実験や基礎研究において、水素の抗酸化作用や抗炎症作用が胃粘膜の保護や症状改善に寄与する可能性が示唆されています。したがって、一定程度の期待は持てると考えて良いでしょう。
しかし、人を対象とした研究は現時点ではなく、人でも同様の効果が見られるかについては不明確な部分が大きいです。そのため、水素吸入療法が胃潰瘍に対して有効であるかどうかを明確に断言することはできません。水素吸入を用いる場合は医師に相談の上、現行の標準治療の補助的な療法として試してみる程度でしょう。
とはいえ、水素吸入療法は現在も研究が進行中であり、今後のデータ次第では、胃潰瘍に対する新たなアプローチとして位置づけられる可能性があります。引き続き、科学的なエビデンスの積み重ねが期待されます。
参考文献
- 令和2年 患者調査 傷病分類編(傷病別年次推移表)
- 患者とご家族のための消化性潰瘍ガイド2023 日本消化器学会
- Yang M, Dong Y, He Q, Zhu P, Zhuang Q, Shen J, Zhang X, Zhao M. Hydrogen: A Novel Option in Human Disease Treatment. Oxid Med Cell Longev. 2020 Sep 5;2020:8384742. doi: 10.1155/2020/8384742. PMID: 32963703; PMCID: PMC7495244. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32963703/
- Zhang JY, Wu QF, Wan Y, Song SD, Xu J, Xu XS, Chang HL, Tai MH, Dong YF, Liu C. Protective role of hydrogen-rich water on aspirin-induced gastric mucosal damage in rats. World J Gastroenterol. 2014 Feb 14;20(6):1614-22. doi: 10.3748/wjg.v20.i6.1614. PMID: 24587639; PMCID: PMC3925872. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3925872/
- Liu X, Chen Z, Mao N, Xie Y. The protective of hydrogen on stress-induced gastric ulceration. Int Immunopharmacol. 2012 Jun;13(2):197-203. doi: 10.1016/j.intimp.2012.04.004. Epub 2012 Apr 24. PMID: 22543062. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22543062/