《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
放射線治療による副作用の一つである「放射線性甲状腺機能低下症」。
これは、甲状腺がダメージを受けることで、ホルモン分泌が低下し、倦怠感や体重増加などの症状を引き起こします。
近年、水素吸入療法がこの症状の予防や改善に効果を発揮する可能性が注目されています。水素の持つ強力な抗酸化作用が、放射線による酸化ストレスを軽減し、甲状腺を保護することが期待されています。
本記事では、放射線治療後の甲状腺機能低下症の原因や治療法、さらに近年注目されている「水素吸入療法」の予防・改善効果について解説します。放射線治療を受けられる方にとって役立つ内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線性甲状腺機能低下症の概要
放射線性甲状腺機能低下症は、主に頭頸部や胸部のがん治療における放射線照射が原因となり、甲状腺の機能が低下する疾患です。
甲状腺は代謝と深く関わる甲状腺ホルモンを分泌する器官であり、機能が低下すると代謝の低下など体にさまざまな影響が出ます。
甲状腺機能低下は、甲状腺に放射線治療を受けた人の30%ほどが発症したとする報告があり1)、比較的発症頻度の高い副作用の1つと言えます。
放射線性甲状腺機能低下症の主な原因
放射線性甲状腺機能低下症は、放射線治療によって引き起こされる甲状腺細胞の損傷が主な原因です。
放射線が甲状腺に照射されると、細胞が酸化ストレスや炎症の影響を受け、細胞の機能が低下し始めます。特に、高線量の放射線治療を受けた場合、細胞がダメージを受け、甲状腺ホルモンの分泌が著しく減少します。これは、酸化ストレスによるものと考えられています。2)
このような酸化ストレスによる細胞損傷は、放射線が直接細胞に作用するだけでなく、間接的に活性酸素を生成することで進行します。これにより、甲状腺細胞が徐々に破壊され、ホルモンを生成する能力が失われます。
特に頭頸部や胸部への放射線治療は、甲状腺に近いため、リスクが高まります。
放射線性甲状腺機能低下症の主な症状
放射線性甲状腺機能低下症の症状は、一般的な甲状腺機能低下症と非常に似ています。
倦怠感や寒がり、体重増加が初期症状として多く見られますが、肌の乾燥や便秘、さらにはうつ症状なども発症する可能性があります。これらの症状は、甲状腺ホルモンの不足が原因となって引き起こされ、体全体の代謝が低下することで進行します。
症状は徐々に悪化することが多く、特に放射線治療後の数か月から数年にわたって進行します。そのため、患者は定期的に血液検査を受け、甲状腺ホルモンのレベルをモニタリングする必要があります。
症状の進行を早期に発見することで、治療のタイミングを適切に計ることが重要です。
放射線性甲状腺機能低下症の標準的な治療
放射線性甲状腺機能低下症の治療の中心は、通常の甲状腺機能低下症と同様に、甲状腺ホルモン補充療法となります。
この治療で、甲状腺が十分なホルモンを生成できなくなった場合に、不足しているホルモンを外部から補充し、代謝機能を維持します。甲状腺ホルモン補充療法は、患者が一生にわたって続ける必要がある場合もあります。
定期的にホルモンレベルを検査し、その都度適切な調整を行うことが求められます。2)
水素吸入は放射線性甲状腺機能低下症の予防・改善に効果はある?
近年、水素吸入療法は強力な抗酸化作用を持つため、放射線性甲状腺機能低下症の予防・改善において注目されています。
甲状腺疾患の発症には酸化ストレスが関与していることが報告されています。3)
放射線治療によって、酸化ストレスが増加してしまい、甲状腺細胞を損傷する可能性が考えられます。一方で水素分子は活性酸素を中和する作用があり、これによって甲状腺細胞へのダメージを軽減する効果が期待できます。
放射線性甲状腺機能低下症の予防の可能性
水素吸入療法は、放射線性甲状腺機能低下症の予防に関しても期待されています。
酸化ストレスの軽減が甲状腺細胞へのダメージを抑えることで、甲状腺機能の低下を防ぐ可能性が示されています。3)
水素の抗酸化作用により、放射線による酸化ストレスの蓄積が軽減され、甲状腺細胞が健全に保たれることが期待されます。
現在、水素吸入が予防効果を発揮するメカニズムについての詳細な研究は進行中であり、動物実験においては酸化ストレスの軽減が確認されています。今後の研究が進むことで、放射線治療を受ける患者に対して、より確固たる予防的なアプローチが提供される可能性があります。
放射線性甲状腺機能低下症の症状改善の可能性
放射線性甲状腺機能低下症における症状改善の面でも、水素吸入療法が有望視されています。
研究では、酸化ストレスが甲状腺細胞の機能低下を引き起こす主要な要因であることが示唆されており、水素吸入による酸化ストレスの軽減が、甲状腺の機能改善に寄与する可能性があります。3)
特に、倦怠感や寒がり、体重増加などの症状に対して、抗酸化作用を持つ水素がこれらの症状の進行を緩和し、日常生活の質を向上させることが期待されています。
症状改善に関しても、さらなる臨床研究が行われれば、放射線性甲状腺機能低下症に対する新たな治療法として水素吸入が有効であるかが確認されるでしょう。
【私はこう考える】水素吸入と放射線性甲状腺機能低下症
放射線性甲状腺機能低下症は、放射線治療後にまれではありますが起こりえます。治療としては甲状腺ホルモン補充が第一となりますが、長期間の治療が必要になることが多いです。
放射線性甲状腺機能低下症に対する水素吸入療法は、現時点では新しい治療法であり、その効果についてはまだ多くの検証が必要です。酸化ストレスが甲状腺疾患の発症に深く関与していることは明らかであり、水素吸入によってその影響を軽減できる可能性は高いと考えられます。2)
ただし、臨床データの蓄積が十分ではないため、実際の治療に導入する際には、現在の標準治療である甲状腺ホルモン補充療法との併用が考慮されるべきです。
水素吸入療法は、補完的な治療法として、酸化ストレスを軽減し、甲状腺の保護や症状改善に役立つ可能性があります。今後の研究の進展に期待がかかっています。
参考文献
- 甲状腺がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
- Reiners, C., Drozd, V., & Yamashita, S. (2020). Hypothyroidism after radiation exposure: brief narrative review. Journal of neural transmission (Vienna, Austria : 1996), 127(11), 1455–1466. https://doi.org/10.1007/s00702-020-02260-5
- Kochman, J., Jakubczyk, K., Bargiel, P., & Janda-Milczarek, K. (2021). The Influence of Oxidative Stress on Thyroid Diseases. Antioxidants (Basel, Switzerland), 10(9), 1442. https://doi.org/10.3390/antiox10091442