《この記事の監修者》
国立大学医学部卒。卒後は消化器内科医として様々な市中病院で研鑽を積み、現在に至る。専門は早期がんの内視鏡治療、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)の診療、消化器がんの化学療法。消化器病学会専門医,消化器内視鏡学会専門医,総合内科専門医を取得。
潰瘍性大腸炎は、原因が特定されていない難治性の疾患として多くの方を悩ませています。
「なんとか症状を抑えたい」「再燃を防ぎたい」と願う方も多いのではないでしょうか?
そんな中、水素吸入が新たな希望の光として注目を集めています。
本記事では、潰瘍性大腸炎の基礎知識から、これまでの研究からわかってきた水素吸入が潰瘍性大腸炎の改善にどう寄与する可能性があるのかを解説します。
水素が潰瘍性大腸炎の症状緩和に寄与する可能性が動物実験で確認されつつある。前臨床研究から得られる知見が増加しており、今後ヒト臨床試験での確認が求められる段階。
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潰瘍性大腸炎とは
潰瘍(かいよう)とは、粘膜がただれて欠損した状態を指します。
潰瘍性大腸炎は、その名のとおり大腸の粘膜に潰瘍やびらん(浅い傷)ができる炎症性腸疾患で、厚生労働省の指定難病のひとつです。1)
国内における潰瘍性大腸炎の患者数は20万人以上に上り、世界では日本はアメリカに次いで2番目に多い国となっています。2)
まずは潰瘍性大腸炎の原因や症状、標準的な治療方法について解説していきます。
潰瘍性大腸炎の原因
潰瘍性大腸炎の原因は完全には解明されていません。
現在のところ、腸内細菌のバランスの乱れ、免疫システムの異常な反応、偏った食生活やストレスなどが複雑に関係していると考えられています。
また、遺伝的な要因も指摘されており、家族内に同じ病気の人がいる場合は、発症リスクが高くなると言われています。
潰瘍性大腸炎の症状
主な症状は下痢や粘血便(粘液や血液が混じる便)で、腹痛を伴うことが多いです。3)
症状の程度や頻度は個人差が大きく、以下のように多彩です。
- 軽度:下痢や血便が時々みられる程度
- 中等度:1日に何度も血便や腹痛、発熱がみられる
- 重度:1日6回以上の血便、強い腹痛、高熱など
さらに、症状が良くなったり悪くなったりするケース(再燃寛解型)が多いことも潰瘍性大腸炎の特徴です。
潰瘍性大腸炎の一般的な治療方法
潰瘍性大腸炎の治療は、病気の重症度や範囲、患者さんの状態に合わせて、薬物療法、血球成分除去療法、手術療法などが選択されます。3)
軽症から中等症の場合は、5-ASA製剤(メサラジン)、ステロイド薬、免疫調節薬、生物学的製剤などを用いた炎症を抑える薬物療法が中心となります。
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、重症の場合は、血球成分除去療法※や手術療法が検討されます。
※血液成分除去療法は血液を体外に循環させ、炎症に関わる白血球などを取り除く治療。
治療方針は、症状の重症度や患者さんのライフスタイルに合わせて検討され、寛解(症状がおさまった状態)を長く維持して再燃を抑えることを目指します。
潰瘍性大腸炎に対する水素吸入の可能性を探る
水素吸入療法とは、水素ガスを吸入して体内に取り込む療法です。
水素は強い酸化作用をもつ悪玉活性酸素を除去するため、細胞の機能をサポートするとして期待が寄せられています。
いくつかの研究において、高血圧や糖尿病、心疾患、脳梗塞、がんなど、多岐にわたる疾患の予防や治療効果が示唆されており、潰瘍性大腸炎に対しても同様の効果があるのかと注目を集めています。4)
しかしながら、現時点で水素吸入と潰瘍性大腸炎を直接的に調べた研究報告はありません。
したがって、ここでは関連する研究報告からその可能性について考察していきたいと思います。
腸内炎症の抑制で改善する可能性
大阪大学の研究グループは、水素が潰瘍性大腸炎の症状緩和に寄与するとの研究報告を発表しています。
この研究では、マウスに腸管内で水素を発生させるシリコン製剤が投与され、その結果潰瘍性大腸炎の症状(腸内出血や炎症)が改善したと報告されています。5)
水素による抗酸化作用が、大腸の炎症や出血を抑えることに寄与していると考えられています。
また、電解水素水の飲用が、マウスの大腸炎症状(腸内炎症や疼痛)を緩和し、早期に回復させたという研究報告もあります。6)
これらの研究から、水素の抗酸化作用が潰瘍性大腸炎の症状緩和に役立つ可能性が示唆され、水素吸入にも同様の効果があるのではと期待されます。
酸化ストレスの軽減で予防する可能性
潰瘍性大腸炎の発症には、はっきりした原因は解明されていないものの、体内の酸化ストレスが深く関わっていることが指摘されています。7)
酸化ストレスとは、体内で発生する活性酸素が過剰になり、細胞や組織を傷つけてしまう状態です。
水素は、この活性酸素の中でも特に有害な「ヒドロキシルラジカル」と選択的に反応し、無害な水に変えることで、酸化ストレスを軽減する作用が報告されています。8)
まだ予防に効果があると確立されたわけではありませんが、良い方向に働く可能性は理論的には十分に考えられるでしょう。
まとめ:水素吸入は潰瘍性大腸炎を予防・改善できるのか
国の指定難病でもある潰瘍性大腸炎は、まだはっきりした原因がわかっておらず、根本的な治療法を含めさらなる解明が待たれるところです。
そのような中、水素吸入療法は潰瘍性大腸炎の新しい治療法として期待されています。特に、水素の持つ抗酸化作用や抗炎症作用は、潰瘍性大腸炎の病態に直接的に作用する可能性があります。
また、副作用が少ないことも大きな利点です。
しかし、現時点では、潰瘍性大腸炎に対する水素吸入療法の効果を明確に示す臨床試験の結果は限られています。
順天堂大学では、潰瘍性大腸炎患者に対する水素吸入の臨床試験が実施されているようですが、まだ結果は報告されていません。98)
この研究結果が発表され、有効性が示されれば、水素吸入の有効性の確立に向けた大きな一歩となるでしょう。期待して結果を待ちましょう。
最後に、潰瘍性大腸炎の治療は、患者さん一人ひとりの状態に合わせて、最適な方法を選択することが重要です。水素吸入療法は、あくまでも補助療法の一つであり、現状の治療を代替するものでも、全ての人に効果があると立証されたものでもありません。
このような現状も踏まえ、導入を検討する場合は必ず主治医に相談するようにしてください。
参考文献
- 潰瘍性大腸炎(指定難病97) – 難病情報センター
- 炎症性腸疾患(IBD)ガイド2023|日本消化器病学会
- 097 潰瘍性大腸炎|厚生労働省
- Ge, L., Yang, M., Yang, N. N., Yin, X. X., & Song, W. G. (2017). Molecular hydrogen: a preventive and therapeutic medical gas for various diseases. Oncotarget, 8(60), 102653–102673. https://doi.org/10.18632/oncotarget.21130
- Koyama, Y., Kobayashi, Y., Hirota, I., Sun, Y., Ohtsu, I., Imai, H., Yoshioka, Y., Yanagawa, H., Sumi, T., Kobayashi, H., & Shimada, S. (2022). A new therapy against ulcerative colitis via the intestine and brain using the Si-based agent. Scientific reports, 12(1), 9634. https://doi.org/10.1038/s41598-022-13655-7
- Hu, D., Huang, T., Shigeta, M., Ochi, Y., Kabayama, S., Watanabe, Y., & Cui, Y. (2022). Electrolyzed Hydrogen Water Alleviates Abdominal Pain through Suppression of Colonic Tissue Inflammation in a Rat Model of Inflammatory Bowel Disease. Nutrients, 14(21), 4451. https://doi.org/10.3390/nu14214451
- 大腸炎と酸化ストレス、食由来因子を用いた予防について|一般財団法人食品分析開発センターSUNATEC
- 水素医学の創始,展開,今後の可能性:広範な疾患に対する分子状水素の予防ならびに治療の臨床応用へ向かって
- 順天堂大学, 消化器内科|潰瘍性大腸炎に対する水素ガス吸入の研究
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