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研究報告

水素が放射線によるがんの発生を抑えた初の報告

Hydrogen Protects Mice from Radiation induced Thymic Lymphoma in BALB/c mice(水素はBALB/cマウスにおける放射線誘発性胸腺リンパ腫からマウスを保護する)
放射線を当てたマウスに水素を投与したところ、がん(リンパ腫)の発生率がおよそ半分に。水素ががん化を抑制しうることを示した初の報告。

結論

放射線を当てたマウスに、あらかじめ水素を含んだ生理食塩水を投与した。その結果、がん(胸腺リンパ腫)の発生率がおよそ半分に低下し、生存率も向上した。水素が体内の活性酸素(細胞を傷つける物質)を抑え、抗酸化力を維持したことが、そのメカニズムとして示唆されている。

研究の背景と目的

X線やガンマ線などの放射線は、細胞のDNAを傷つけ、がんを引き起こすことがある。放射線を当てたマウスに胸腺リンパ腫(血液のがんの一種)が発生するモデルは、がん研究で広く使われている。

これまでの研究で、水素が放射線による細胞のダメージを軽くすることは報告されていた。しかし、放射線による「がんの発生そのもの」を水素が防げるかは調べられていなかった。

本研究では、中国・第二軍医大学の研究グループが、放射線を繰り返し当てるマウスモデルを使い、あらかじめ水素を投与しておくとがん化を防げるかを検証した。

研究方法

オスのBALB/cマウス(5〜6週齢)に⁶⁰Co(コバルト60)ガンマ線を週1回・計4回照射し、胸腺リンパ腫を誘発した。

項目内容
対象オスBALB/cマウス(5〜6週齢)
照射条件1.75 Gy × 4回(週1回の全身照射)
線量率 0.58 Gy/分
※Gy(グレイ)は放射線の吸収線量の単位
水素投与水素を含んだ生理食塩水を各照射の5分前に腹腔内注射
対照群通常の生理食塩水を同条件で投与
研究デザイン2群比較(水素群 vs 対照群)

主な評価項目は以下の通り。

  • 生存率(照射後30週間の経過観察、各群40匹)
  • リンパ腫発生率(照射後20週時点の病理組織検査、各群20匹)
  • 潜伏期間(リンパ腫が発症するまでの平均期間)
  • 酸化ストレス指標(活性酸素による体へのダメージ度合い。最終照射4時間後に測定)

研究の主な結果

本研究の結果から、以下の2点を取り上げる。

  • ① リンパ腫の発生が抑制され、生存率が向上した
  • ② 放射線による酸化ストレスが軽減された

① リンパ腫の発生が抑制され、生存率が向上した

水素群と対照群で、照射後のリンパ腫発生率と潜伏期間を比較した。

指標対照群水素群統計的有意差
リンパ腫発生率
(20週時点)
約58%約35%p < 0.05
平均潜伏期間約16か月※約25か月※p < 0.05
数値はグラフ(Figure 1B, 1C)からの読み取り値。リンパ腫発生率は照射後20週時点の病理検査に基づく。潜伏期間は発症したマウスの経過から算出されており、観察期間が異なる
※論文のグラフ上は『Month(月)』と表記されているが、実験期間(30週間)を考慮すると『週』の誤記の可能性がある

以下は、照射後30週間にわたる生存率の推移を示す生存曲線である。

放射線照射後30週間の生存曲線。水素群(黒丸)が対照群(白丸)より有意に高い生存率を維持している(Zhao et al., 2011, Fig.1Aより引用)
放射線照射後30週間の生存曲線。水素リッチ生理食塩水を投与した群(H₂(+)、黒丸)は、対照群(H₂(-)、白丸)と比較して有意に高い生存率を維持した(p < 0.05、各群40匹)。(Zhao et al., 2011, Fig.1Aより引用)

水素の前投与により、リンパ腫の発生率はおよそ半分に抑えられた。さらに、リンパ腫が発生するまでの潜伏期間も約9(グラフ表記上はか月)延長されており、水素が放射線によるがん化の進行を遅らせたことが示された。

② 放射線による酸化ストレスが軽減された

水素ががん化を抑制したメカニズムを探るため、最終照射4時間後の酸化ストレス関連指標を測定した。

指標照射+対照群照射+水素群変化の方向
細胞内ROS
(DCFH-DA)
約500 MFI約280 MFI↓ 低下
SOD約105 U/ml約135 U/ml↑ 上昇
GSH約0.3 g/L約0.42 g/L↑ 上昇
MDA約520 μM約280 μM↓ 低下
※数値はグラフ(Figure 2A-D)からの読み取り値。いずれも統計的に有意(p < 0.05)
DCFH-DAは末梢血単核球内の活性酸素量、SODは活性酸素を分解する酵素、GSHは体内の主要な抗酸化物質、MDAは酸化ダメージの指標

まとめると、水素を投与したマウスでは細胞内の活性酸素量がおよそ半分に減り、体の防御力(SOD・GSH)は約1.3〜1.4倍に保たれていた。酸化ダメージの指標(MDA)も半分程度に抑えられている。

つまり、放射線を浴びた体の中で「攻撃側(活性酸素)が減り、守備側(抗酸化物質)が維持された」状態が作られていた。水素が体内の抗酸化力を維持することで、放射線による酸化ストレスを軽減し、がん化の抑制につながったと考えられる。

考察と今後の課題

本研究は、水素が放射線によるがん化リスクを減らした初めての報告とされる。

放射線は体内にヒドロキシルラジカルという悪玉の活性酸素を大量に発生させる。この物質はDNAを直接傷つけ、がん化を促す。水素はこの悪玉活性酸素を選んで取り除くことで、DNAへのダメージの蓄積を防ぎ、がん化を抑えた可能性がある。

ただし、本研究はマウスを用いた動物実験であり、ヒトへの応用には更なる検証が必要である。

すいかつねっと編集部の感想

本研究は、水素が放射線による「がんの発生そのもの」を抑制しうることを示した先駆的な報告です。従来の研究では水素が放射線障害から細胞や臓器を保護することは知られていましたが、がん予防にまで効果が及ぶ可能性を示したのは本研究が初めてとされています。

放射線治療を受けるがん患者にとって、二次がん(治療による放射線が原因で新たながんが発生すること)は長期的なリスクの一つです。水素が安全で簡便に投与でき、このリスクを軽減しうるという知見は注目に値します。

ただし、マウスの動物実験の段階であり、ヒトでの有効性はまだ確認されていません。一方で、水素吸入は2016年に厚生労働省の先進医療Bとして承認された実績もあり、安全性に関する臨床データは蓄積されつつあります。放射線防護への応用についても、今後の臨床研究の進展に期待したいところです。

本論文と同年には放射線誘発性の肺障害に対する水素の保護効果も報告されており、その後も放射線皮膚炎や放射線誘発性の腸管毒性など、臓器ごとの放射線防護研究が蓄積されています。

用語解説

用語解説
電離放射線原子から電子を弾き飛ばすほどのエネルギーを持つ放射線。X線やガンマ線が代表的で、細胞のDNAを損傷しがんを引き起こすことがある
胸腺リンパ腫胸骨の裏にある免疫器官「胸腺」に発生するリンパ腫(血液のがんの一種)。放射線によって誘発されることが知られている
BALB/cマウス実験用に遺伝的に均一化されたマウスの系統。免疫学やがん研究で広く使用される
ROS(活性酸素種)体内で生じる反応性の高い酸素化合物の総称。適量なら細胞の防御に役立つが、過剰になるとDNAや細胞膜を傷つける
SOD(スーパーオキシドジスムターゼ)活性酸素の一種であるスーパーオキシドを分解する酵素。体内の抗酸化防御の最前線を担う
GSH(グルタチオン)体内で作られる代表的な抗酸化物質。活性酸素の除去や有害物質の解毒に関わる
MDA(マロンジアルデヒド)細胞膜の脂質が活性酸素によって酸化されたときに生じる分解産物。酸化ダメージの指標として測定される
末梢血単核球(PBMC)血液中のリンパ球や単球など、核を持つ白血球の総称。免疫機能の評価に用いられる

論文情報

論文タイトル

Hydrogen Protects Mice from Radiation induced Thymic Lymphoma in BALB/c mice(水素はBALB/cマウスにおける放射線誘発性胸腺リンパ腫からマウスを保護する)

引用元

Zhao, L., Zhou, C., Zhang, J., Gao, F., Li, B., Chuai, Y., Liu, C., & Cai, J. (2011). Hydrogen Protects Mice from Radiation induced Thymic Lymphoma in BALB/c mice. International Journal of Biological Sciences, 7(3), 297–300. https://doi.org/10.7150/ijbs.7.297

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  2. 2研究の背景と目的
  3. 3研究方法
  4. 4研究の主な結果
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  7. 7用語解説
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公開日:2026/03/24
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  1. 結論
  2. 研究の背景と目的
  3. 研究方法
  4. 研究の主な結果
    1. ① リンパ腫の発生が抑制され、生存率が向上した
    2. ② 放射線による酸化ストレスが軽減された
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  1. 結論
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  3. 研究方法
  4. 研究の主な結果
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