水素ガス吸入が仮死後の新生児の心臓を守る可能性
結論
出産時に酸素が足りなくなった新生仔ブタに、蘇生後6時間にわたり水素ガスを吸わせた。その結果、心臓が肺へ血液を送り出す力(右心拍出量)が対照群より約33%高く保たれた。水素ガスが仮死後の心臓、とくに右心室の機能を保護する可能性を示した動物実験である。
研究の背景と目的
出産時に赤ちゃんへの酸素供給が途絶える「仮死」が起こると、脳だけでなく心臓にも深刻な影響が及ぶ。仮死を経験した新生児の約80%で心臓の働きが低下するとされ、心臓が送り出す血液の量(心拍出量)が減ったり、肺の血圧が上がったりしやすい。
水素ガスが脳を守る効果はこれまでにも報告されてきたが、心臓への影響を直接調べた研究はなかった。そこで香川大学の研究グループが、新生仔ブタを使って検証を実施。水素ガスを吸わせた場合に心臓の働きがどう変わるかを、6時間にわたり観察した。
研究方法
生後24時間以内の新生仔ブタ17頭に対し、約40分間の仮死負荷を行った。蘇生から10分後に2群に分け、6時間にわたり経過を観察した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 新生仔ブタ17頭 (生後24時間以内、体重1.5〜2.1 kg) |
| HI群(対照群) | 仮死負荷のみ(n = 10) |
| HI-H₂群(水素群) | 仮死負荷+水素ガス吸入(n = 7) |
| 水素吸入の条件 | 人工呼吸器を通じて水素2.2〜2.7%を6時間投与※ |
| 心機能の評価 | 経胸壁心臓超音波検査(エコー)で6時間にわたり計測 |
| 研究デザイン | ランダム化比較試験(動物実験) |
主な評価項目は以下の3つ。
- 一回拍出量(SV)と心拍出量(CO):左右両心室を心臓エコーで計測)
- RVOT VTI:右心室から肺へ送り出される血流量の指標
- 血清トロポニンT:心筋の損傷度を反映するバイオマーカー
研究の主な結果
本研究の結果から、以下の3点を取り上げる。
- ① 水素吸入群で右心拍出量が有意に高く維持された
- ② 心筋の損傷マーカーが水素吸入群で低値だった
- ③ 左心拍出量と主要な血液ガスに群間差はなかった
① 右心拍出量が有意に維持された
蘇生後6時間の右心拍出量(右CO)の推移を、心臓エコーで1時間ごとに測定した。
| 指標 | HI群(n = 10) | HI-H₂群(n = 7) | 統計的有意差 |
|---|---|---|---|
| 右CO・6時間の累積値(AUC) | 224.2 ± 70.5 (mL·min⁻¹·h) | 298.1 ± 82.0 (mL·min⁻¹·h) | p = 0.041 |
| 右CO・5時間後 | ベースラインを下回る | ベースラインを超える | p = 0.023 |
| 効果量(Cohen’s d) | — | — | 1.02 (大きい効果) |
対照群では蘇生直後に右心拍出量がいったん上昇したものの、その後徐々に低下した。一方、水素吸入群では蘇生後2時間ごろから右心拍出量が回復し始め、5時間後にはベースラインを超える水準に達した。
6時間全体を通じた累積値で見ると、水素吸入群は対照群より約33%高かった。この差の大きさ(効果量)は1.02で、統計学では「大きい効果」に分類される水準である。
右心室は肺に血液を送る役割を担っている。仮死後の新生児では肺の血圧が上がり、右心室に大きな負担がかかって機能が落ちやすい。水素ガスがこの右心室の働きを保ったことは、治療上とても重要な意味を持つ。
② 心筋の損傷マーカーが低値だった
心筋細胞が壊れると血中に放出されるトロポニンTを、蘇生後3時間と6時間に測定した。
| 指標 | HI群 | HI-H₂群 | p値 |
|---|---|---|---|
| トロポニンT(6時間後) | 0.16 ± 0.04 ng/ml | 0.10 ± 0.02 ng/ml | 0.048 |
※ng/mLはナノグラム毎ミリリットル。ごく微量の濃度を表す単位で、数値が高いほど心筋の損傷が大きいことを意味する

6時間後のトロポニンT値は、水素吸入群で対照群より約38%低かった。この差は統計的に有意であり、水素ガスが心筋の損傷を軽減した可能性を示している。
③ 左心拍出量と主要な血液ガスに群間差はなかった
左心拍出量には統計的に有意な差は認められなかった。血液ガス(pH、乳酸値、酸素分圧など)もほぼ同等であり、水素ガスの吸入が呼吸機能や代謝回復を妨げなかったことが確認された。※
※ヘモグロビン濃度については、水素吸入群で蘇生後3時間・6時間にわずかに高い値を示したが、著者らは「蘇生等に伴う一時的な血液濃縮によるものであり、全身への酸素供給や心機能に影響するものではない」と結論づけている。
安全性
血液ガスや代謝パラメータ(pH、乳酸値、グルコースなど)に群間で有意な差はなく、水素ガス吸入による有害な影響は認められなかった。使用した水素濃度(2.2〜2.7%)は爆発限界の4%を下回っており、安全に投与可能である。
考察と今後の課題
考えられるメカニズム
なぜ水素ガスが右心室の働きを保てたのか。著者らは2つの仮説を挙げている。
1つ目は、肺の血管が広がりやすくなり、右心室が血液を送り出す負担が軽くなった可能性。2つ目は、水素の抗酸化作用が心筋の細胞を直接守った可能性である。心筋の損傷マーカー(トロポニンT)が低かったことは、この2つ目の仮説を裏づけている。
本研究の限界
ただし、本研究には以下の限界がある。
- 観察期間が6時間と短い: 長期的な効果は不明
- サンプルサイズが小さい: とくに水素群はn = 7と限られている
- 左右のシャント(短絡血流)の影響: 新生仔ブタでは心房間・動脈管を通じたシャントの有無を確認できなかった
- 麻酔薬の影響: 実験中に使用した吸入麻酔薬(イソフルラン)には心臓を保護する作用があるとされており、水素の効果と麻酔薬の効果を完全に分けて評価できていない可能性がある
- 動物実験である: ヒトの新生児仮死への応用には、今後の臨床研究が必要
すいかつねっと編集部の感想
本研究は、水素ガス吸入が仮死後の新生児の「心臓」を保護する可能性を示した報告です。水素と新生児仮死に関する研究は脳への効果が中心でしたが、心臓(とくに右心室)に焦点を当てた点で新しい視点を提供しています。
ただし、対象は新生仔ブタ17頭と小規模であり、観察期間も6時間にとどまります。この結果だけで「水素が新生児の心臓を守る」と結論づけることはできません。
同じ香川大学の研究グループは、同モデルで脳損傷の軽減や腎障害の軽減を報告しています。本研究は心臓という新たな臓器への保護効果を検証した位置づけです。別のグループからは右心室肥大への水素の保護効果も報告されており、今後の長期的な検証が期待されます。
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 低酸素性虚血性脳症(HIE) | 出生前後に脳への酸素や血流が不足することで起こる脳障害。新生児仮死の重篤な合併症の一つ |
| 心拍出量(CO) | 心臓が1分間に送り出す血液の量。左心室と右心室でそれぞれ計測される |
| 一回拍出量(SV) | 心臓が1回の拍動で送り出す血液の量。心拍出量 = 一回拍出量 × 心拍数 |
| RVOT VTI(右室流出路速度時間積分値) | 右心室から肺動脈へ送り出される血流の速度を時間で積分した値。右心機能の指標として使われる |
| トロポニンT | 心筋細胞に含まれるタンパク質。心筋が損傷すると血中に放出されるため、心筋梗塞などの診断に使われるバイオマーカー |
| AUC(曲線下面積) | 時間経過に沿った測定値をグラフにしたとき、その曲線の下の面積のこと。6時間全体の累積的な変化を評価する指標 |
| 肺高血圧(肺血管抵抗の上昇) | 肺の血管が狭くなり、右心室が肺に血液を送るのに余分な力が必要になる状態。仮死後の新生児に合併しやすい |
| Cohen’s d(効果量) | 2群間の差の大きさを標準化した指標。0.2で「小さい」、0.5で「中程度」、0.8以上で「大きい」と判断される |
論文情報
論文タイトル
Association between hydrogen gas inhalation and cardiac output in an asphyxiated piglet model(仮死新生仔ブタモデルにおける水素ガス吸入と心拍出量の関連)
引用元

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