しっかり理解するための詳細解説
結論
くも膜下出血治療における水素点滴の併用は酸化ストレスと神経損傷を軽減し、長期的な日常生活動作を改善する可能性がある。
研究の背景と目的
くも膜下出血は死亡率約50%、生存者の20〜30%に重篤な神経障害が残る重症疾患である。特に重症例では早期脳損傷(EBI)と遅発性脳虚血(DCI)のリスクが高く、予後不良となる。水素には抗酸化作用があり、動物実験でくも膜下出血後のEBIを軽減することが報告されている。本研究は、硫酸マグネシウムの槽内投与と水素静脈内投与の併用療法の有効性と安全性を検証することを目的とした。
研究方法
試験デザイン
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 試験形式 | ランダム化二重盲検プラセボ対照試験(単施設) |
| 対象者 | Hunt and Kosnikグレード4-5の重症くも膜下出血患者、20-80歳 |
| 登録患者数 | 37名(女性21名、平均年齢約60歳) |
| 割り付け | 3群(Mg+H2群12名、Mg群12名、コントロール群13名)、1:1:1 |
| 層別化因子 | 性別、年齢(20-60歳/60歳超)、Hunt and Kosnikグレード、Fisherグループ |
介入方法(水素の投与条件)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 水素濃度 | 1.0 ppm以上 (飽和濃度、最大1.6 ppm) |
| 投与量・速度 | 200 mLを200 mL/hで静脈内投与 |
| 頻度・期間 | 1日2回、14日間 |
| 開始タイミング | ランダム化後すぐ(入院後1時間以内) |
| 製造方法 | 非破壊的水素拡散装置により電解水中で溶液バッグに水素を浸透 |
評価項目と測定時点
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主要評価項目 | 脳血管攣縮(CV)および遅発性脳虚血(DCI)の発生率 |
| 副次評価項目① | mRS、KPS(3ヶ月後・12ヶ月後) |
| 副次評価項目② | Barthel index(12ヶ月後) |
| 副次評価項目③ | 血清・髄液中MDAおよびNSE(1・3・7・14日目) |
研究結果
① 脳血管攣縮(CV)と遅発性脳虚血(DCI)の発生率
| 評価項目 | コントロール (n=13) | Mg群 (n=12) | Mg+H₂群 (n=12) | p値 |
|---|---|---|---|---|
| CV発生 | 8名(62%) | 1名(8%) | 3名(25%) | 0.014 |
| DCI発生 | 7名(54%) | 1名(8%) | 2名(17%) | 0.023 |
マグネシウム槽内注入を受けた両群では、コントロール群と比較して脳血管攣縮と遅発性脳虚血の発生率が大幅に低下した。これはマグネシウムの血管拡張作用と神経保護作用によるものと考えられる。
② 酸化ストレスマーカー(血清MDA)の変化
| 時点 | コントロール (n=13) | Mg群 (n=12) | Mg+H₂群 (n=12) | p値 |
|---|---|---|---|---|
| ベースライン | 78.4±30.7 U/L | 75.2±28.7 U/L | 75.3±19.8 U/L | NS |
| 3日目 | 99.8±24.9 U/L | 110.1±35.5 U/L | 72.8±14.4 U/L | 0.044 |
| 7日目 | 105.8±34.8 U/L | 106.2±30.6 U/L | 61.5±20.9 U/L | <0.01 |
| 14日目 | 106.7±32.8 U/L | 95.8±27.3 U/L | 69.5±31.4 U/L | 0.015 |
Mg+H2群では、酸化ストレスの指標であるMDAが3日目から14日目まで一貫して低値を維持した。水素の抗酸化作用により、活性酸素による細胞膜の脂質過酸化が抑制されたことを示唆している。
③ 神経損傷マーカー(NSE)の変化
| 時点・検体 | コントロール (n=13) | Mg群 (n=12) | Mg+H₂群 (n=12) | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 血清NSE | ||||
| ベースライン | 16.5±12.5 ng/mL | 14.5±4.4 ng/mL | 12.7±4.6 ng/mL | NS |
| 3日目 | 17.2±11.6 ng/mL | 10.1±5.0 ng/mL | 8.0±4.0 ng/mL | 0.015 |
| 7日目 | 13.4±6.7 ng/mL | 11.1±5.5 ng/mL | 7.0±3.0 ng/mL | 0.015 |
| 14日目 | 14.5±5.6 ng/mL | 12.2±4.2 ng/mL | 9.1±5.0 ng/mL | 0.037 |
| 脳脊髄液NSE | ||||
| ベースライン | 90.1±57.5 ng/mL | 91.1±64.0 ng/mL | 90.0±38.9 ng/mL | NS |
| 3日目 | 85.0±44.1 ng/mL | 49.6±32.8 ng/mL | 39.1±38.6 ng/mL | 0.021 |
| 7日目 | 65.6±59.3 ng/mL | 31.4±14.3 ng/mL | 22.2±13.8 ng/mL | 0.021 |
| 14日目 | 25.2±19.9 ng/mL | 19.3±14.5 ng/mL | 14.6±11.7 ng/mL | NS |
Mg+H2群では血清・髄液ともにNSEが有意に低下した。NSEは神経細胞の損傷程度を反映するマーカーであり、水素投与により神経細胞死が抑制されたことを示している。
④ 機能的転帰
| 評価項目 | コントロール (n=13) | Mg群 (n=12) | Mg+H₂群 (n=12) | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 3ヶ月時点 | ||||
| mRS 0-2 (良好な転帰) | 2名(15%) | 5名(42%) | 7名(58%) | NS |
| KPS | 54.6±21.1 | 60.0±28.6 | 65.8±28.4 | NS |
| 1年時点 | ||||
| mRS 0-2 (良好な転帰) | 3名(23%) | 8名(67%) | 9名(75%) | 0.019 |
| KPS | 47.7±28.6 | 71.7±28.6 | 74.2±30.3 | NS |
| Barthel index | 36.5±28.9 | 66.7±30.6 | 71.7±33.3 | 0.02 |
3ヶ月時点では3群間に有意差はなかったが、1年後の評価ではMg群とMg+H₂群で良好な転帰(mRS 0-2)の患者割合が有意に高かった。特にMg+H₂群ではBarthel indexがコントロール群より有意に高く、日常生活動作能力の改善が認められた。
⑤ 安全性
| 評価項目 | コントロール (n=13) | Mg群 (n=12) | Mg+H₂群 (n=12) | 群間差 |
|---|---|---|---|---|
| 槽内注入関連合併症(脳ヘルニアなど) | 0名 | 0名 | 0名 | NS |
| マグネシウム関連合併症(徐脈、低血圧) | — | 0名 | 0名 | NS |
| 水素関連合併症(心不全、下痢) | — | — | 0名 | — |
| 再破裂 | 0名 | 0名 | 1名 | NS |
| 髄膜炎 | 1名 | 2名 | 1名 | NS |
| 慢性水頭症 | 4名 | 5名 | 4名 | NS |
槽内マグネシウム注入および水素静脈内投与に関連する重篤な合併症は認められなかった。3群間で術後合併症の発生率に有意差はなく、本治療プロトコルの安全性が確認された。
考察のポイント
研究者らは、水素の併用がBarthel indexを改善した理由として、水素の抗酸化作用による早期脳損傷(EBI)の抑制を挙げている。実際に、Mg+H2群ではMDA(脂質過酸化の指標)とNSE(神経損傷の指標)が有意に低下しており、水素が活性酸素による酸化的損傷を軽減したことを示唆している。
なお、ラットを用いた実験研究では水素吸入の方が静脈内投与より脳内水素濃度を長時間維持できることが報告されており、水素吸入療法でさらなる効果が期待できる可能性がある。
研究の限界
| 限界 | 内容 |
|---|---|
| サンプルサイズ | 37名と少数であり、機能的転帰の評価には不十分 |
| 単施設試験 | 防衛医科大学校病院のみで実施され、一般化に限界 |
| 水素単独群の欠如 | 水素のみの効果を評価できない設計 |
| 地域差 | ニモジピン(欧米での標準治療薬)未使用、ファスジル使用という日本特有の治療環境 |
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| くも膜下出血(SAH) | 脳を覆うくも膜と軟膜の間の空間に出血が起こる病態。多くは脳動脈瘤の破裂が原因 |
| Hunt and Kosnik分類 | くも膜下出血の重症度を評価する分類。グレード1(軽度)〜5(重度)があり、グレード4・5は意識障害を伴う重症例 |
| Fisher分類 | CTで見たくも膜下出血の出血量を評価する分類。グレードが高いほど血管攣縮のリスクが高い |
| 早期脳損傷(EBI) | くも膜下出血発症後72時間以内に生じる脳損傷。頭蓋内圧上昇による脳血流低下や一過性の全脳虚血が原因 |
| 遅発性脳虚血(DCI) | くも膜下出血発症後、通常4〜14日目に生じる神経学的悪化。血管攣縮、微小血栓、微小循環障害などが関与 |
| 脳血管攣縮(CV) | くも膜下出血後に脳の血管が収縮して狭くなる状態。脳虚血の原因となる |
| 槽内注入 | 脳を取り囲む脳槽(くも膜下腔)に薬剤を直接注入する方法 |
| マロンジアルデヒド(MDA) | 細胞膜の脂質が活性酸素により酸化される際に生じる物質。酸化ストレスの指標として用いられる |
| 神経特異的エノラーゼ(NSE) | 主に神経細胞に存在する酵素。神経細胞が損傷すると血液や脳脊髄液中に放出されるため、神経損傷の指標となる |
| 修正Rankinスケール(mRS) | 脳卒中後の障害度を評価する尺度。0(症状なし)〜6(死亡)の7段階で評価。0〜2が「良好な転帰」とされる |
| Karnofsky performance status(KPS) | 全身状態と日常生活の自立度を0〜100%で評価する指標。高いほど状態が良い |
| Barthel index | 食事、移動、入浴など日常生活動作の自立度を評価する指標。0〜100点で評価し、高いほど自立している |
| ファスジル | 血管拡張作用を持つ薬剤。日本と中国で使用されているが、欧米では未承認 |
論文情報
論文タイトル
Intravenous Hydrogen Therapy With Intracisternal Magnesium Sulfate Infusion in Severe Aneurysmal Subarachnoid Hemorrhage(重症脳動脈瘤性くも膜下出血における水素溶液静脈内投与と硫酸マグネシウム槽内注入の併用療法)
