しっかり理解するための詳細解説
結論
水素溶解液の静脈内投与は、t-PA治療を含む急性脳梗塞患者に対して安全に実施できる。
研究の背景と目的
脳梗塞後の脳損傷には活性酸素種(ROS)が関与しており、水素分子はヒドロキシルラジカルなどの有害なROSを選択的に除去することが動物実験で示されている。しかしヒトでの臨床データは限られているため、急性脳梗塞患者への水素溶液静脈内投与の安全性を検証することを目的とした。
研究方法
試験デザイン
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 試験形式 | オープンラベル、前向き、非ランダム化試験 |
| 実施施設 | 日本国内3施設(防衛医科大学校、久喜総合病院、県央所沢病院) |
| 登録患者数 | 38名(男性27名、女性11名) |
| 年齢 | 40〜95歳(平均69.4±10.7歳) |
| 対象 | 発症72時間以内の急性脳梗塞患者 |
介入方法(水素の投与条件)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 投与方法 | 水素溶解ブドウ糖電解質液の静脈内点滴 |
| 水素濃度 | 1.0 ppm以上(飽和濃度) |
| 1回投与量 | 200 ml |
| 投与速度 | 200 ml/時 |
| 投与頻度・期間 | 1日2回(12時間ごと)、平均10.8±3.4日間 |
評価項目と測定時点
| 評価項目 | 測定時点 |
|---|---|
| NIHSSスコア(神経学的重症度) | 入院時、7日後、30日後、90日後 |
| mRS(機能的転帰) | 7日後、30日後、90日後 |
| バーセルインデックス(日常生活動作) | 7日後、30日後、90日後 |
| MDA-LDL(酸化ストレスマーカー) | 入院直後、7日後 |
| 安全性検査(血液・尿検査、心電図、胸部X線) | 入院時、7日後 |
研究結果
① 安全性(有害事象)
| 評価項目 | 全体(n=38) | GI群(n=27) | GII群(n=11) |
|---|---|---|---|
| 合併症発生数 | 2名(5.3%) | 2名(7.4%) | 0名(0%) |
| 下痢 | 1名(2.6%) | 1名(3.7%) | 0名 |
| 心不全 | 1名(2.6%) | 1名(3.7%) | 0名 |
| 検査値異常 | なし | なし | なし |
| 心電図異常 | なし | なし | なし |
| 胸部X線異常 | なし | なし | なし |
| 尿検査異常 | なし | なし | なし |
合併症は38名中2名(5.3%)にとどまった。心不全を発症した1名は心房細動の既往があり、容量負荷が原因と考えられた。検査値、心電図、胸部X線、尿検査のいずれにも異常は認められず、水素溶解液の静脈内投与は安全に実施できることが示された。
② 神経学的転帰(NIHSSスコア)
| 時点 | 全体(n=38) | GI群(n=27) | GII群(n=11) |
|---|---|---|---|
| ベースライン | 8.2 ± 7.5 | 10 ± 8.2 | 3.9 ± 2.4 |
| 7日後 | 5.6 ± 7.1 | 7.2 ± 7.8 | 1.8 ± 1.1 |
| 30日後 | 4.9 ± 6.5 | 6.4 ± 7.2 | 1.4 ± 1.6 |
| 90日後 | 4.5 ± 6.3 | 6.0 ± 6.9 | 1.1 ± 1.4 |
全患者でNIHSSスコアは経時的に低下し、神経症状の改善傾向が認められた。ただし本研究には対照群がないため、この改善が水素投与による効果かどうかは判断できない。
③ 酸化ストレスマーカー(MDA-LDL)の変化
| 群 | 入院直後(U/L) | 7日後(U/L) | p値 |
|---|---|---|---|
| 全体(n=38) | 85.4 ± 33.5 | 82.6 ± 31.5 | 0.3424 |
| GI群(n=27) | 86.8 ± 34.7 | 86.3 ± 33.1 | 0.9262 |
| GII群(n=11) | 82.1 ± 30.2 | 73.2 ± 24.6 | 0.0111 |
③ 機能的転帰
| 評価項目 | 時点 | 全体(n=38) | GI群(n=27) | GII群(n=11) |
|---|---|---|---|---|
| mRS 4-6(中等度〜重度障害)の割合 | 7日後 | 39.5%(15/38) | 51.8%(14/27) | 9.1%(1/11) |
| 30日後 | 39.5%(15/38) | 48.1%(13/27) | 18.2%(2/11) | |
| 90日後 | 34.2%(13/38) | 44.4%(12/27) | 9.1%(1/11) | |
| バーセルインデックス | 7日後 | 63.8 ± 39.8 | 55 ± 42.9 | 84.5 ± 19.0 |
| 30日後 | 67.6 ± 40.3 | 58.3 ± 43.2 | 89.5 ± 19.4 | |
| 90日後 | 69.3 ± 39.8 | 59.6 ± 42.8 | 92.3 ± 15.9 | |
| 90日以内の死亡 | — | 1名(2.6%) | 1名(3.7%) | 0名 |
GII群(深部梗塞)はGI群(皮質梗塞)と比較して、全体的に機能的転帰が良好であった。これは、もともとGII群の梗塞重症度が軽かったことを反映している。
④ 酸化ストレスマーカー(MDA-LDL)の変化
| グループ | 入院直後(U/L) | 7日後(U/L) | p値 |
|---|---|---|---|
| 全体(n=38) | 85.4 ± 33.5 | 82.6 ± 31.5 | 0.3424(有意差なし) |
| GI群(n=27) | 86.8 ± 34.7 | 86.3 ± 33.1 | 0.9262(有意差なし) |
| GII群(n=11) | 82.1 ± 30.2 | 73.2 ± 24.6 | 0.0111(有意差あり) |
GII群(深部梗塞)では、7日後にMDA-LDLが有意に低下し、酸化ストレスの軽減が示唆された。一方、GI群(皮質梗塞)では有意な変化はなく、梗塞体積が大きい場合は水素とエダラボンによる抗酸化作用が不十分である可能性が示された。
⑤ t-PA併用患者の転帰
| 評価項目 | 結果(n=11) |
|---|---|
| 早期再開通(24時間以内) | 4名(36.4%) |
| 完全再開通 | 1名(9.1%) |
| 部分再開通 | 3名(27.3%) |
| 出血性変化 | 2名(18.2%) |
| 症候性頭蓋内出血 | 0名(0%) |
t-PAを投与された11名において、症候性頭蓋内出血(症状を伴う脳内出血)は1例も発生しなかった。過去の報告(エダラボン併用t-PA療法など)では出血性変化率が62.5%であったのに対し、本研究では18.2%にとどまり、水素とエダラボンの併用が出血リスクを軽減する可能性が示唆された。
考察のポイント
安全性について
本研究は、水素溶解液を静脈内投与した急性脳梗塞患者としては最大規模の症例集積であり、90日間という最長の追跡期間を有する。合併症率5.3%は、過去の水素水経口摂取の研究(20%)と比較して低く、静脈内投与は安全に実施可能であると考えられる。
酸化ストレス軽減効果について
GI群(皮質梗塞)で酸化ストレスマーカーが有意に低下しなかった理由として、梗塞体積が大きい患者では産生される酸化ストレスの量が多すぎ、エダラボンと水素による抗酸化作用では除去しきれなかった可能性が考えられる。
t-PA併用について
t-PA治療による再灌流は血液脳関門の破綻と出血性変化を引き起こすが、これは再灌流時に産生されるROSによる血管内皮細胞と基底膜の障害が原因である。水素とエダラボンの併用がROSを抑制することで、出血性変化を軽減する可能性がある。
研究の限界
| 限界点 | 説明 |
|---|---|
| 対照群の欠如 | プラセボ群や水素非投与群がないため、水素単独の効果を正確に評価できない |
| 症例数が少ない | 38名と少数であり、有効性について確定的な結論を導くには不十分 |
| 水素単独投与群の欠如 | すべての患者がエダラボンを併用しており、水素のみの効果を分離できない |
| 非ランダム化試験 | 患者選択にバイアスが生じる可能性がある |
用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 活性酸素種(ROS) | 酸素から派生した反応性の高い分子の総称。細胞や組織を傷害する |
| ヒドロキシルラジカル | 最も反応性の高い活性酸素種。DNAや脂質を傷害する |
| ペルオキシナイトライト | 一酸化窒素とスーパーオキシドが反応して生成される強力な酸化物質 |
| エダラボン | 日本で承認されている脳梗塞治療薬。活性酸素を除去する作用がある |
| t-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子) | 血栓を溶かす薬剤。発症早期の脳梗塞に使用される |
| NIHSSスコア | 脳卒中の神経症状の重症度を0〜42点で評価する尺度。点数が高いほど重症 |
| 修正ランキンスケール(mRS) | 脳卒中後の障害度を0(症状なし)〜6(死亡)の7段階で評価する尺度 |
| バーセルインデックス | 日常生活動作の自立度を0〜100点で評価する尺度。点数が高いほど自立 |
| MDA-LDL | マロンジアルデヒド修飾LDL。酸化ストレスの指標として血中で測定される |
| 再灌流障害 | 虚血後に血流が再開した際に、活性酸素などにより組織が傷害される現象 |
| 血液脳関門(BBB) | 脳の血管と脳組織の間にあるバリア構造。有害物質の脳への侵入を防ぐ |
| ラクナ梗塞 | 脳深部の細い血管が詰まることで生じる小さな梗塞(直径1.5cm以下) |
| 心原性脳塞栓 | 心臓内でできた血栓が脳血管に詰まることで生じる脳梗塞 |
論文情報
論文タイトル
Safety of intravenous administration of hydrogen-enriched fluid in patients with acute cerebral ischemia: initial clinical studies(急性脳虚血患者における水素溶解液静脈内投与の安全性:初期臨床研究)
