一言まとめ
急性膵炎モデルのラットへの水素吸入、および膵臓由来細胞への水素添加培地処理は、炎症反応と酸化ストレスを抑制し、膵臓の組織障害を軽減した。
3分で読める詳細解説
結論
水素吸入は、急性膵炎モデルにおいて炎症と酸化ストレスを軽減し、膵臓障害を保護する効果を示した。
研究の背景と目的
急性膵炎(AP)は、膵臓自身の消化酵素によって引き起こされる重篤な炎症性疾患であり、時に全身性炎症反応症候群(SIRS)や多臓器不全(MODS)を併発し、高い死亡率を示す。この病態の進行には、炎症を引き起こすサイトカインと、細胞を傷害する酸化ストレスとの間の複雑な相互作用が深く関与していると考えられている。
水素分子(H2)は、近年、有害な活性酸素種を選択的に消去する能力を持つこと、酸化ストレスを軽減するだけでなく炎症に関わるサイトカインのレベルを低下させる可能性があることが報告され、注目されている。
そこで本研究は、急性膵炎に対する水素分子の効果を、培養細胞を用いた実験(in vitro)と動物を用いた実験(in vivo)の両面から検証し、特にサイトカインと酸化ストレスの相互作用に水素分子がどのように影響するかを明らかにすることを目的とした。
研究方法
In vitro (細胞実験)
- 対象: マウス膵腺房由来がん細胞株 (AR42J)。
- 介入方法: 細胞をセルレイン(膵炎誘導物質)で処理し、急性膵炎様の状態を作成[60]。その後、水素を溶解させた培地(水素濃度 1.3±0.1 mg/L[63])で、2%水素ガスを含む環境下で24時間培養した (Ce+H2群)。
- 対照群: 通常培養群 (C群)、セルレイン処理のみ群 (Ce群)、水素添加培地のみ群 (C+H2群) を設定した。
- 評価方法: 細胞生存率、培地中のアミラーゼ活性、サイトカイン(TNF-α, IL-1β, IL-6, IL-10)の遺伝子発現量および培地中濃度、酸化ストレスマーカー(培地中MDA、8-OHdG)を測定した。
In vivo (動物実験)
- 対象: 健康な雄ウィスターラット40匹(体重250-300g)。
- 介入方法: タウロコール酸ナトリウム(膵炎誘導物質)を膵胆管へ注入し、急性膵炎を誘発。その後、2%の水素ガスを含む混合ガスを12時間吸入させた (AP+H2群)。流量は1 L/min。
- 対照群: 偽手術後に混合ガスのみを吸入させた群 (Sham群)、膵炎誘発後に混合ガスのみを吸入させた群 (AP群)、偽手術後に水素ガスを吸入させた群 (Sham+H2群) を設定した。
- 評価方法: 血清アミラーゼ・リパーゼ値、膵臓組織の炎症・壊死の程度(組織学的評価)、膵臓組織中のミエロペルオキシダーゼ(MPO)活性(好中球浸潤の指標)、血清および膵臓組織中のサイトカイン(TNF-α, IL-1β, IL-6, IL-10)、酸化ストレスマーカー(膵臓組織中MDA、GSH)、動脈血ガス、動脈血中水素濃度などを測定した。
研究結果
Appendix(用語解説)
- 急性膵炎 (AP): 膵臓が自身を消化してしまう酵素の異常な活性化によって急激に炎症を起こす病気。重症化すると命に関わることもある。
- サイトカイン: 細胞間の情報伝達を担うタンパク質。免疫や炎症反応の調節に重要な役割を持つ。炎症を引き起こすもの(炎症性サイトカイン:TNF-α, IL-1β, IL-6など)と、炎症を抑えるもの(抗炎症性サイトカイン:IL-10など)がある。
- 酸化ストレス: 体内で発生する活性酸素種(フリーラジカルなど)の量と、それを除去する抗酸化防御機構のバランスが崩れ、活性酸素種が過剰になった状態。細胞や組織に損傷を与える。
- In vitro (イン・ビトロ): 「試験管内で」という意味。培養細胞などを用いて、生体外で行う実験のこと。
- In vivo (イン・ビボ): 「生体内で」という意味。実験動物など、生きた個体を用いて行う実験のこと。
- AR42J細胞: ラットの膵臓の腺房細胞由来のがん細胞株。膵炎研究のモデルとしてよく使用される。
- セルレイン: 膵液の分泌を強力に促進するペプチド。実験的に膵炎を誘発するために用いられる。
- タウロコール酸ナトリウム: 胆汁に含まれる成分の一種。膵管内に注入することで、実験的に重症の急性膵炎モデルを作成するために用いられる。
- アミラーゼ、リパーゼ: 膵臓で作られる消化酵素。膵炎が起こると血液中に漏れ出すため、血液中のこれらの酵素濃度を測定することで膵炎の診断や重症度の評価が行われる。
- ミエロペルオキシダーゼ (MPO): 主に好中球という白血球に含まれる酵素。炎症が起こると好中球が炎症部位に集まるため、組織中のMPO活性を測ることで炎症の指標(特に好中球の浸潤度)となる。
- MDA (マロンジアルデヒド): 細胞膜などの脂質が酸化ストレスによってダメージを受けた際に生成される物質。脂質過酸化の指標として用いられる。
- GSH (グルタチオン): 体内の細胞に広く存在する物質で、強力な抗酸化作用を持つ。酸化ストレスから細胞を保護する役割がある。
- 8-OHdG (8-ヒドロキシデオキシグアノシン): 細胞の核にあるDNAが酸化ストレスによって損傷を受けた際に生成される物質。DNA酸化損傷の指標となる。
- 組織学的評価: 組織を染色して顕微鏡で観察し、炎症の程度(浮腫、炎症細胞の数、壊死の範囲など)を評価すること。
論文情報
タイトル
Protective Effects of Hydrogen Gas on Experimental Acute Pancreatitis(実験的急性膵炎に対する水素ガスの保護効果)
引用元
Zhou, H. X., Han, B., Hou, L. M., An, T. T., Jia, G., Cheng, Z. X., Ma, Y., Zhou, Y. N., Kong, R., Wang, S. J., Wang, Y. W., Sun, X. J., Pan, S. H., & Sun, B. (2016). Protective Effects of Hydrogen Gas on Experimental Acute Pancreatitis. PloS one, 11(4), e0154483. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0154483
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