《この記事の監修者》

国立大学医学部卒。卒後は消化器内科医として様々な市中病院で研鑽を積み、現在に至る。専門は早期がんの内視鏡治療、炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)の診療、消化器がんの化学療法。消化器病学会専門医,消化器内視鏡学会専門医,総合内科専門医を取得。
「みぞおちの激痛」や「繰り返す腹痛」に悩まされていませんか?
膵炎は、放置すると重篤な合併症を引き起こす可能性もある、注意が必要な病気です。
近年、その新たな治療法として「水素吸入療法」が注目されています。
本記事では、膵炎の原因や一般的な治療法を解説するとともに、水素吸入療法が膵炎にもたらす効果について、最新の研究結果をもとに詳しく解説。
水素の抗酸化作用・抗炎症作用がどのように膵炎に働きかけるのか、そのメカニズムと今後の可能性に迫ります。
動物実験では、水素吸入による膵炎の進行抑制や損傷軽減が報告されている。ヒト臨床試験による確証が必要な前臨床段階。
(すいかつねっとのエビデンス評価基準はこちら)
膵炎ってどんな病気?

膵炎(すいえん)とは、様々な原因によって膵臓に炎症が起こる病気です。
膵臓は、胃の後ろにある長さ約15cmほどの細長い臓器で、食べ物の消化を助ける消化酵素(膵液)や血糖値を調整するホルモンを作っています。
膵炎には、急激に症状が出る「急性膵炎」と、時間をかけて進行する「慢性膵炎」の2種類があります。
急性膵炎では、何らかの原因で膵液が膵臓の中で活性化してしまい、膵臓自体を消化してしまいます。その結果、膵臓に強い炎症が起こります。
一方、慢性膵炎は、膵臓の細胞が徐々に壊れ、線維化(組織が硬くなること)が進むことで膵臓が硬くなり、機能が低下する病気です。
急性膵炎の男女比は約2:1で、男性の発症率が女性の約2倍高くなっています。慢性膵炎の男女比は急性膵炎よりもさらに男性に偏っており、約4.5:1となっています。1, 2)
膵炎の主な原因
膵炎の原因は様々ですが、主なものとしては、過度のアルコール摂取や胆石が挙げられます。
アルコールは膵臓を直接刺激し、膵液の分泌を過剰に促したり、膵臓の細胞を傷つけたりすることで、膵炎を引き起こします。
胆石は、胆のうで作られる石で、胆管に詰まることで膵液の流れを妨げ、膵炎の原因となります。
他にも、過剰な免疫反応による「自己免疫性膵炎」、特定の薬剤の副作用として起こる「薬剤性膵炎」、遺伝が要因の「遺伝性膵炎」など、様々な原因が知られています。
膵炎の主な症状
膵炎の症状は、急性か慢性かによって少し異なります。
- みぞおち付近の強い痛み(しばしば背中にまで広がる痛み)
- 吐き気、嘔吐など
- 重症化すると発熱、ショック症状、多臓器不全など
- 長期間続く、もしくは繰り返す腹痛や背部痛
- 消化機能の低下による脂肪便や体重減少
- 膵臓からのインスリン分泌低下による糖尿病
膵炎の一般的な治療法
膵炎の治療も急性か慢性か、重症度などによって様々です。
急性膵炎の場合
急性膵炎は重症度に応じた全身管理が大変重要です。
一般的には以下のような治療が行われます。
- 絶飲食と補液:膵臓を安静に保ちつつ、点滴で水分や栄養を補給
- 薬物療法:痛み止め(鎮痛剤)や膵酵素阻害薬、必要に応じて抗生物質など
- 内視鏡治療:胆石が原因の場合は、胆管の詰まりを取り除くための内視鏡的処置
- 外科手術:壊死(えし)した組織の除去が必要な重症例など
慢性膵炎の場合
慢性膵炎は進行を食い止め、症状を抑えることが治療の中心となります。
- 生活習慣の改善:禁酒・禁煙や食事療法
- 薬物療法:鎮痛剤や膵酵素補充薬、糖尿病があれば血糖値管理の薬物
- 内視鏡治療:膵管の狭窄や結石を除去する処置
- 外科手術:薬物療法や内視鏡治療が奏功しない場合に検討される
膵炎治療に期待される水素吸入の効果とは

近年、水素が持つ抗酸化作用や抗炎症作用が注目され、膵炎を含むさまざまな炎症性疾患への応用が検討されています。
ここでは、水素ガスを呼吸から取り入れる「水素吸入療法」が膵炎の予防や改善に有効かどうかの可能性を探っていきます。
炎症を抑制し急性膵炎による損傷を抑制
2021年の中国の研究では、水素吸入が急性膵炎に対する細胞の保護効果を示す可能性が報告されています。3)
同研究は急性膵炎のマウスを用いた動物実験です。研究では、水素を含むガスを吸入すると、炎症の指標である血中アミラーゼやリパーゼの上昇が抑制され、膵臓の組織障害が軽減されたと報告されています。
この研究では、急性膵炎を誘発するための薬剤を投与する前に水素吸入が実施されたことから、水素吸入が膵炎による組織障害の予防効果の可能性が示されたと言えます。
炎症が抑えられ慢性膵炎の進行を抑制
また、2017年の研究では、水素吸入によって慢性膵炎の進行を遅らせられる可能性が示唆されています。4)
研究では、慢性膵炎のマウスモデルが水素吸入することで、膵臓のむくみや線維化が抑えられ、炎症が軽減されたことが示されています。
さらに、慢性膵炎で減少しやすい「制御性T細胞(Tregs)」という免疫を調節する細胞の数が、水素吸入により回復したことも確認されています。
研究者らは、水素吸入によってTregsが増加することで炎症性サイトカイン(炎症を促す物質)が抑制され、膵組織の損傷と線維化進行が防がれると考察しています。
まとめ:水素吸入が膵炎治療の新たな選択肢となるか
水素吸入療法は、急性・慢性いずれの膵炎に対しても、動物実験を中心に有効性が示唆されており、次世代の治療法として期待が高まっています。
最も信頼性の高いレビュー論文でも、抗酸化物質が慢性膵炎の痛みを和らげる可能性が指摘されており、高い抗酸化作用を持つ水素吸入がプラスに働く可能性は十分に考えられます。5)
しかしながら、人を対象とした大規模な臨床試験のデータはまだ十分とは言えず、現行の膵炎治療を代替するものではありません。
今後更なる研究を重ねて、長期的な安全性の検証や最適な投与条件(水素濃度や吸入時間など)の確立、既存治療との併用による相乗効果などを立証していく必要があるでしょう。
膵炎は放置すると深刻な合併症を招くこともあるため、気になる症状がみられた場合は早めに専門医を受診し、必要な治療やサポートを受けるようにしてください。
もし水素吸入を取り入れる場合には、必ず医師と相談し、現在の病状や合併症の有無、生活習慣やリスク等を踏まえた上で判断するようにしましょう。
参考文献
- 膵炎|協会けんぽ
- 我国における急性膵炎診療の実態と課題
- Li, K., Yin, H., Duan, Y., Lai, P., Cai, Y., & Wei, Y. (2021). Pre-inhalation of hydrogen-rich gases protect against caerulein-induced mouse acute pancreatitis while enhance the pancreatic Hsp60 protein expression. BMC gastroenterology, 21(1), 178. https://doi.org/10.1186/s12876-021-01640-9
- Chen, L., Ma, C., Bian, Y., Li, J., Wang, T., Su, L., & Lu, J. (2018). Hydrogen treatment protects mice against chronic pancreatitis by restoring regulatory T cells loss. Cellular Physiology and Biochemistry, 44(5), 2005-2016. https://doi.org/10.1159/000485906
- Ahmed Ali, U., Jens, S., Busch, O. R. C., Keus, F., van Goor, H., Gooszen, H. G., & Boermeester, M. A. (2014). Antioxidants for pain in chronic pancreatitis. Cochrane Database of Systematic Reviews, (8), CD008945. https://doi.org/10.1002/14651858.CD008945.pub2
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