循環器系
【医師監修】水素吸入で心不全リスクを下げる?研究が示す予防と改善の可能性

【医師監修】水素吸入で心不全リスクを下げる?研究が示す予防と改善の可能性

《この記事の執筆者》

心不全は、心臓が正常に血液を全身へ送り出せなくなる疾患で、息切れやむくみなどの症状を引き起こします。

これに対して、近年注目されているのが「水素吸入療法」です。水素は酸化ストレスを軽減し、心臓に負担をかける活性酸素を中和する作用があり、高血圧改善や心不全予防の可能性が示唆されています。

本記事では、心不全の基本情報から水素吸入がどのようにこの疾患の予防や改善に役立つのか可能性があるのかについて、これまでの研究報告をもとに解説していきます。ぜひ最後までご覧ください。

心不全とは

心不全とは

心臓は、全身に血液を送り出すポンプの役割を果たしています。

「心不全」とは、心臓が何らかの障害により、このポンプ機能を十分に果たせなくなった状態を指します。

これは、心臓自体の構造的な問題や機能的な異常が原因で起こります。

心不全の原因

心不全の主な原因には、「虚血性心疾患」、「弁膜症」、そして「高血圧」があります。

虚血性心疾患

心臓に酸素や栄養を送る冠状動脈が狭くなったり詰まったりすることで、心臓の働きが低下します。

代表的な疾患として、動脈硬化が原因の狭心症や心筋梗塞があります。

弁膜症

心臓内の血液の流れを制御する「弁」が正常に開閉しなくなる病気です。

これにより、血液を効率的に送り出せなくなり、心臓に負担がかかります。

高血圧

血圧が高い状態が続くと、心臓が血液を送り出す際の負担が増え、心臓の筋肉が肥大します。

これが心不全の原因となります。

心不全の主な症状

心不全の主な症状には、息切れや浮腫(むくみ)があります。これは、心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなるために起こります。息切れは、階段を上ったり、軽い運動をしただけで感じることが多く、浮腫は足や足首に現れることが一般的です。

症状が進行すると、横になって眠れなくなる「起坐呼吸」が起こることもあります。この場合、座った状態でないと呼吸が苦しくなり、入院が必要になることがあります。

心不全患者の年間死亡率は7-8%/年と言われています。また、ニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)が作成したNYHA心機能分類でⅢ度、Ⅳ度になると死亡率は相対的に高くなり、Ⅲ度では20-30%/年になるといわれています。これは悪性新生物である癌より予後が悪い数字です。

心不全の主な治療

心不全に対する治療としては、薬物療法、カテーテル治療、ペースメーカー植え込み術などが一般的な治療法です。

薬物療法では、「ファンタスティックフォー」と呼ばれる4種類の薬剤を組み合わせて使用することが推奨されています。これは、心機能が低下した心不全患者(HFrEF: 心駆出率低下型心不全)に対して特に有効であり、最近では心機能が保たれた心不全患者(HFpEF: 心駆出率保持型心不全)にも適用が拡大しています。

水素吸入は心不全の予防・改善に効果はある?

水素吸入は心不全の予防・改善に効果はある?

近年、水素療法が心不全の治療や予防に効果があるのではないかと注目されています。

水素は血液に溶けて全身を巡り、細胞膜を通過して細胞内に入り込みます。そこで、体に有害な「悪玉活性酸素」と結合し、体外へ排出する働きがあります。

また、水素は「過酸化脂質」による酸化を抑制し、自律神経の一つである交感神経の過度な活性化を改善します。

これらの作用は、心不全と深く関わる酸化ストレスや交感神経の過活動を抑える効果が期待されています。

過酸化脂質とは、細胞膜を構成する脂質が活性酸素と反応して酸化されたものです。これは、体に有害であり、細胞や組織を傷つけます。例えるなら、何度も繰り返し使って劣化した食用油のようなものです。この劣化した油が体内に増えると、健康に悪影響を及ぼします。

心不全の予防の可能性

心不全の予防において、水素吸入は特に高血圧の改善を通じて効果が期待されています。高血圧は心臓に負担をかけ、心機能の低下や心臓の肥大(左室肥大)を引き起こします。これにより、急な血圧変動に対応できず、急性心不全を招くリスクが高まります。

水素吸入は高血圧の改善に寄与する可能性があります。その仕組みは、水素が酸化ストレスを軽減し、過度に活性化した交感神経の働きを正常化することによります。交感神経は血圧の上昇と密接に関係しており、その活動が抑えられることで血圧の低下につながります。

実際に、日本獣医生命科学大学と慶應義塾大学医学部の共同研究で、マウスを対象にした実験が行われました。この研究では、水素ガスの吸入によってマウスの血圧が低下したと報告されています。そのメカニズムとして、水素吸入が交感神経の過度な活性化を抑え、副交感神経の働きを促進することで、自律神経のバランスを整えたと示されています1)。

この結果から、水素吸入が高血圧の改善を通じて、心不全の予防に効果を発揮する可能性が示唆されています。

心不全の症状改善の可能性

次に、水素吸入が心不全の症状改善に寄与する可能性について説明します。これは「酸化ストレス」の観点からのアプローチです。

心不全の患者さんでは、血液中の「過酸化脂質」(脂質が酸化された有害物質)が有意に増加していることが報告されています。1991年、Belchらの研究1では、血中の過酸化脂質の量と「左室駆出率」(心臓が血液を送り出す能力)が逆相関することが示されました。つまり、心機能が低下しているほど過酸化脂質が増加しており、これが心不全における酸化ストレスの関与を示唆しています。

最近の研究では、ラットに水素吸入を行うことで、酸化ストレスと「アポトーシス」(細胞のプログラムされた死)を抑制し、慢性心不全を起こしたラットの心機能を改善したと報告されています2)

さらに、心不全患者では血液中だけでなく、心臓の筋肉自体でも酸化ストレスの増加が見られます。過酸化脂質の分解産物である有害な特定のタンパク質が、心不全患者の心筋で増加していることが報告されています3)。ラットの心筋を用いた研究では、このタンパク質が心筋細胞内で活性酸素を発生させ、細胞に過度な負担をかけ、最終的に心筋細胞の死につながることが示されています4)。これらの結果から、活性酸素が心肥大から心不全に至る過程に深く関与していると考えられます。

水素吸入は、体に有害な「悪玉活性酸素」と結合し、これを中和して体外へ排出する効果が期待されています。この作用により、酸化ストレスを軽減し、心不全の症状改善につながる可能性が示唆されています。

【私はこう考える】水素吸入と心不全

これまで、水素吸入が交感神経の活性化を抑制し、酸化ストレスを軽減することで、心不全の予防や改善に寄与する可能性を述べてきました。水素吸入療法の大きなメリットは、副作用がほとんど報告されていない点です。

現在、主な心不全の治療法には薬物療法や手術がありますが、これらには一定のリスクや副作用が伴います。その点、水素吸入療法は安全性が高く、他の治療法と併用しやすいという利点があります。

もちろん、水素吸入療法が心不全に対して有効であることを確立するためには、今後のさらなる研究が必要です。しかし、副作用の少なさから、今後補完的な治療法として期待できるのではないでしょうか。

今後さらに研究が進み、水素吸入が心不全の予防や改善に有効であることが証明されることを期待しています。

参考文献
  1. Sugai, K., Tamura, T., Sano, M., Uemura, S., Fujisawa, M., Katsumata, Y., Endo, J., Yoshizawa, J., Homma, K., Suzuki, M., Kobayashi, E., Sasaki, J., & Hakamata, Y. (2020). Daily inhalation of hydrogen gas has a blood pressure-lowering effect in a rat model of hypertension. Scientific reports10(1), 20173. https://doi.org/10.1038/s41598-020-77349-8
  2. Belch, J. J., Bridges, A. B., Scott, N., & Chopra, M. (1991). Oxygen free radicals and congestive heart failure. British heart journal65(5), 245–248. https://doi.org/10.1136/hrt.65.5.245
  3. Chi, J., Li, Z., Hong, X., Zhao, T., Bie, Y., Zhang, W., Yang, J., Feng, Z., Yu, Z., Xu, Q., Zhao, L., Liu, W., Gao, Y., Yang, H., Yang, J., Liu, J., & Yang, W. (2018). Inhalation of Hydrogen Attenuates Progression of Chronic Heart Failure via Suppression of Oxidative Stress and P53 Related to Apoptosis Pathway in Rats. Frontiers in physiology9, 1026. https://doi.org/10.3389/fphys.2018.01026
  4. Kono, Y., Nakamura, K., Kimura, H., Nishii, N., Watanabe, A., Banba, K., Miura, A., Nagase, S., Sakuragi, S., Kusano, K. F., Matsubara, H., & Ohe, T. (2006). Elevated levels of oxidative DNA damage in serum and myocardium of patients with heart failure. Circulation journal : official journal of the Japanese Circulation Society70(8), 1001–1005. https://doi.org/10.1253/circj.70.1001
  5. Nakamura, K., Miura, D., Kusano, K. F., Fujimoto, Y., Sumita-Yoshikawa, W., Fuke, S., Nishii, N., Nagase, S., Hata, Y., Morita, H., Matsubara, H., Ohe, T., & Ito, H. (2009). 4-Hydroxy-2-nonenal induces calcium overload via the generation of reactive oxygen species in isolated rat cardiac myocytes. Journal of cardiac failure15(8), 709–716. https://doi.org/10.1016/j.cardfail.2009.04.008

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