《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線治療を受けると、多くのがん患者が直面するのが「放射線誘発口腔粘膜炎」という厄介な副作用です。
口腔粘膜が炎症を起こし、痛みや潰瘍が生じるため、治療を続けることが難しくなるケースもあります。この問題に対し、水素吸入が有効な改善策として注目されています。
本記事では、放射線誘発口腔粘膜炎とその原因、そして水素吸入がどのようにして症状を緩和するのか、最新の研究データを基に詳しく解説します。これから放射線治療を受けられる方やすでに治療中の方は、ぜひ最後までご覧ください。
放射線誘発口腔粘膜炎について
放射線誘発口腔粘膜炎は、がんにおける放射線治療の副作用で口の中の粘膜がダメージを受けて炎症を起こす疾患です。
頭頸部がんの放射線治療で発症する口腔粘膜炎の平均発生率は80%で、がん患者の11%は粘膜炎を理由に治療を中断すると報告されています1)。
がんの薬物療法によっても口腔粘膜炎は発症しますが、放射線治療にともなうものはより重症化して、症状も長く続くといわれており、重要な問題です。
放射線誘発口腔粘膜炎の原因
放射線誘発口腔粘膜炎の原因は、主に上咽頭がんや口腔がんなどの頭頸部がんへの放射線治療です。
放射線は細胞のDNAにダメージを与えて、細胞を再生しにくくさせます。
放射線の照射範囲に口腔が含まれると、口腔粘膜の細胞も再生がしにくくなり、粘膜が新しく作れなくなって潰瘍(かいよう)を形成し、口腔粘膜炎を発症するのです2)。
放射線誘発口腔粘膜炎の症状
放射線治療では1回に約2Gyの放射線を週5回、6〜7週間かけて照射します。
その照射量が増えるにつれて次のように症状が強くなります2)。
治療時期 | 現れる症状 |
---|---|
1日目 | 変化なし |
3〜4週目(照射量20Gy〜) | 粘膜に熱を持ち、赤みが強くなる。一部潰瘍を形成。 |
5〜6週目(照射量40Gy〜) | 口腔粘膜炎が最もひどくなる。 |
治療終了後 | 約1〜2か月で粘膜が元の状態に再生する。 |
放射線誘発口腔粘膜炎の治療
放射線治療にともなう口腔粘膜炎を完全に防ぐ方法はなく、痛み止めを飲む対症療法が中心です2)。
しかし口の中が不衛生だとより重症化する可能性があるため、日頃から口腔ケアを行いましょう。
口の中を日々観察して、症状がずっと続くようであれば治療の中断を医師と相談してください。
水素吸入は放射線誘発口腔粘膜炎の改善に効果はある?
放射線誘発口腔粘膜炎は重症化しやすいとされており、改善のために日々多くの研究が行われています。
水素吸入もその一つであり、口腔粘膜炎に有効な可能性が報告されてきました。水素吸入は抗酸化・抗炎症作用があり、多くの疾患で効果が示されています。
研究報告を2つ見ていきましょう。
放射線誘発口腔粘膜炎は活性酸素と関連する
1つ目はレビュー論文で、放射線誘発口腔粘膜炎と活性酸素の関連性を調べています3)。
放射線誘発口腔粘膜炎と活性酸素の関連を調べた細胞実験などのin vitro研究を22本、動物実験などのin vivo研究を47本、そしてヒトでの臨床試験を35本を総合的に評価しました。
その結果は次のとおりです。
- in vitro研究では活性酸素の減少と炎症反応の改善が明らかになった。
- in vivo研究では活性酸素を抑制する酵素であるSODやGSHの上昇、活性酸素を産生する酵素であるMPOやMDAの低下が、口腔粘膜炎の予防や重症度の軽減に関連した。
- 臨床試験では、抗酸化作用を持つアミノ酸であるNACによって口腔粘膜炎の重症度と持続時間が減ることが示された。また、DNA損傷と修復に関わる遺伝子の変異が口腔粘膜炎の発症リスクと関連することが示された。
これらレビュー論文の評価から、放射線誘発口腔粘膜炎は活性酸素と関連があると示唆されました。活性酸素との関連が示されたことで、抗酸化作用のある水素吸入が有効である可能性に結びついたと考えられます。
水素が放射線誘発口腔粘膜炎の症状を改善する
2つ目は中国で行われた臨床試験です4)。
上咽頭がんの放射線治療対象患者110例を無作為に水素水投与群55例と生理食塩水投与群(対照群)55例に分けました。放射線治療期間中に水素水を投与し、治療開始から2、4、6週間後の臨床症状や粘膜反応を評価しています。
その結果、放射線治療4、6週間後の放射線による口腔咽頭粘膜反応は水素水投与群が対照群と比較して有意に軽度でした。また、放射線治療4、6週間後の嚥下機能と口腔粘膜の痛みが、水素水投与群が対照群と比較して有意に改善されました。
したがって、水素が放射線誘発口腔粘膜炎の症状を改善する可能性が示唆されたといえます。
水素水よりも吸収率の高い水素吸入で同様の研究が行われれば、より多くの有意差が出るかもしれません。
【私はこう考える】水素吸入と放射線誘発口腔粘膜炎
放射線誘発口腔粘膜炎に対して水素吸入の有効性を検討してきました。
多くの研究によって放射線誘発口腔粘膜炎が活性酸素と関連があると示されたことで、抗酸化作用を持つ水素吸入が治療に有効である可能性が広がりました。
さらにはヒトを対象とした臨床試験で、水素が口腔粘膜炎の症状を改善させる可能性が示唆されたのは、臨床での実用化へ向けた大きな成果だといえます。
しかしながら研究数は少なく、放射線治療で発症した口腔粘膜炎で水素を用いた研究は今のところ1つだけでした。
ただ臨床試験で有効性が示されていることと、水素吸入より吸収しにくい水素水でも効果が現れていることから、エビデンスが蓄積されていくのも時間の問題でしょう。
今後、水素吸入がヒトの放射線誘発口腔粘膜炎で有効な可能性がますます報告されることを期待しています。
参考文献
- がん情報サービス「参考資料」
- 放射線治療と口腔粘膜炎・口腔乾燥|静岡県立静岡がんセンター
- Nguyen, H., Sangha, S., Pan, M., Shin, D. H., Park, H., Mohammed, A. I., & Cirillo, N. (2022). Oxidative Stress and Chemoradiation-Induced Oral Mucositis: A Scoping Review of In Vitro, In Vivo and Clinical Studies. International journal of molecular sciences, 23(9), 4863. https://doi.org/10.3390/ijms23094863
- XU Changchun,LI Yanfei,LIU Chengjun, et al. Clinical observation of hydrogen-water on the treatment of acute radiation-induced oral mucositis of 110 cases[J]. , 2018, 27(4): 363-365. http://www.zgfsws.com/EN/Y2018/V27/I4/363