《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
抗がん剤治療はがん治療において非常に有効ですが、強いだるさや倦怠感などの副作用に苦しむ患者も少なくありません。
そんな中で注目を集めているのが「水素吸入療法」です。水素の強力な抗酸化作用が、抗がん剤治療による副作用を軽減する可能性があり、患者のQOL(生活の質)向上に寄与することが期待されています。
本記事では、放射線治療による疲労感の概要から、水素吸入療法と放射線治療による疲労感との関係について研究報告をもとに詳しく解説します。放射線治療を受けられる方にとって役立つ内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
放射線誘発性疲労の概要
放射線誘発性疲労は、放射線治療を受けた人に起こる強い疲れやだるさのことです。
この疲労感は、普通の疲れと違って休んでも回復しにくく、治療中や治療後に数週間から数か月間続くことがあります。
仕事や日常の活動をするのが難しくなることもあり、体力だけでなく気持ちの面でも負担がかかります。*1
放射線誘発性疲労の主な原因
放射線治療はがん細胞を狙って攻撃しますが、正常な細胞にも影響を与えることがあります。
これによって体の中で炎症が起きたり、細胞が傷ついたりするため、体が回復しようとエネルギーを多く使います。*1
また、放射線が免疫系やホルモンバランスに影響を与えることも、疲労を引き起こす原因です。
さらに、放射線治療中はストレスや不安が増し、食欲が低下したり、睡眠が乱れたりすることも疲労を悪化させる要因になります。
がんそのもの、もしくはがん治療によって貧血が引き起こされることがあります。これも、疲労の原因となります。*1
放射線誘発性疲労の主な症状
放射線誘発性疲労の主な症状は、極度の疲れやだるさです。
普通に生活するだけでも疲れてしまい、少し動いただけでも疲労感が増すことがあります。
集中力が続かなくなったり、日常の簡単なことでもやる気が起きなかったりすることもあります。
この疲労感は、治療が進むにつれて強くなることがあり、治療が終わってからもしばらく続くことがあります。*1
放射線誘発性疲労の標準的な治療・対策
放射線誘発性疲労には、根本的な治療法はありません。
疲労感を軽くするためには、適度な運動が効果的とされています。
軽いウォーキングやストレッチを行うことで、体力を保ちながら疲れを和らげることができます。
また、バランスの取れた食事や十分な睡眠も大切です。
気分が落ち込んでしまう場合は、心理カウンセリングやサポートグループの利用も助けになるでしょう。
水素吸入は放射線誘発性疲労の予防・改善に効果はある?
水素分子は体内で過剰に発生した活性酸素を選択的に除去する働きがあり、これが放射線による細胞損傷を軽減し、疲労感や炎症の緩和につながると考えられています。
放射線誘発性疲労の予防の可能性
放射線治療による細胞へのダメージは、活性酸素種(ROS)の過剰発生が主な原因とされています。
分子状水素は、この活性酸素を抑える強力な抗酸化物質として作用します。
Geらの研究では、水素がDNA損傷を防ぎ、細胞の健康を保つ働きをすることが確認されています。*2
このため、放射線治療中の患者において、分子状水素の吸入が、放射線による疲労や他の副作用の発生を抑制し、予防的に働く可能性があります。
特に、放射線治療中の免疫機能低下や炎症反応を軽減することで、疲労感の発生を防ぐ効果が期待されています。
放射線誘発性疲労の症状改善の可能性
水素吸入は、放射線治療によって引き起こされる疲労感の緩和にも効果が期待されています。
Kangらの報告によると、肝臓がんに対して放射線治療を受けた方において、水素水を飲むことによってQOL(生活の質)が上がったということがわかっています。*3
これは、水素の抗酸化作用によって、放射線による酸化ストレスや炎症が減少し、疲労の軽減につながったと考えられます。*3
生活の質を評価する項目の中に疲労感も含まれています。そのため、QOLの改善と疲労感の改善は密接に関連していると考えられます。
一方で、Hisanoらは、IMRT(強度変調放射線治療)というがんに対して集中的に放射線を当てることができる治療を受けた患者さんに対する水素吸入療法の効果を調べています。
この研究の結果、骨髄機能の低下は予防できたものの、疲労感などの改善はみられなかったとされています。*4
しかし筆者らは、この研究の主な目的は放射線による損傷を軽減することであったため、QOLを改善するために長期吸入が必要になる場合がある、と述べています。*4
このことから、長期的に観察を続ければ、水素吸入療法が疲労感などの改善につながるという結果が得られる可能性はあります。
【私はこう考える】水素吸入と放射線誘発性疲労
これらの研究結果を踏まえると、水素吸入療法は放射線誘発性疲労に対して、予防および改善の両面で有望な治療法として考えられます。
分子状水素の抗酸化作用によって、放射線治療中の活性酸素による細胞損傷や炎症を軽減できる可能性が高く、疲労感や倦怠感の発生を抑える効果が期待されています。また、副作用がほとんど報告されていない点も、安全性の観点から注目すべきです。
ただし、現在のところ、水素吸入療法の効果を裏付けるエビデンスはまだ限定的であり、大規模な臨床試験や長期的な追跡調査が必要です。
特に、放射線治療を受ける患者のQOL向上や疲労感軽減にどの程度寄与するかについて、さらなる研究が求められます。
それでも、分子状水素が放射線誘発性疲労に対する新たな治療オプションとして、将来的に広く適用される可能性があると考えられます。
参考文献
- Hsiao CP, Daly B, Saligan LN. The Etiology and management of radiotherapy-induced fatigue. Expert Rev Qual Life Cancer Care. 2016;1(4):323-328. doi: 10.1080/23809000.2016.1191948. Epub 2016 Jun 7. PMID: 29651466; PMCID: PMC5891725. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5891725/
- Ge, L., Yang, M., Yang, N. N., Yin, X. X., & Song, W. G. (2017). Molecular hydrogen: a preventive and therapeutic medical gas for various diseases. Oncotarget, 8(60), 102653–102673. https://doi.org/10.18632/oncotarget.21130
- Kang, K. M., Kang, Y. N., Choi, I. B., Gu, Y., Kawamura, T., Toyoda, Y., & Nakao, A. (2011). Effects of drinking hydrogen-rich water on the quality of life of patients treated with radiotherapy for liver tumors. Medical gas research, 1(1), 11. https://doi.org/10.1186/2045-9912-1-11
- Hirano, S. I., Aoki, Y., Li, X. K., Ichimaru, N., Takahara, S., & Takefuji, Y. (2021). Protective effects of hydrogen gas inhalation on radiation-induced bone marrow damage in cancer patients: a retrospective observational study. Medical gas research, 11(3), 104–109. https://doi.org/10.4103/2045-9912.314329