《この記事の執筆者》
名古屋大学医学部卒業後、名古屋大学医学部附属病院放射線科入局。その後、放射線科医として一般的な読影や放射線治療を担当。コロナ禍では保健所で行政の立場から感染症対策にも携わった。現在は、放射線治療に携わる一方、健康診断クリニックにて健康診断を受ける方の診察や結果の説明、生活指導に従事。医学博士、放射線治療専門医、日本人間ドック・予防医療学会認定医、日本医師会認定産業医。
放射線治療を受けた方にとって、放射線性膀胱炎は避けられない副作用のひとつです。
頻尿や尿意切迫感といった軽い症状から、尿失禁や膀胱の壊死などの重い症状まで、影響の範囲はさまざまです。
そんな中、水素吸入療法が予防や改善に役立つ可能性が注目されています。
本記事では、放射線治療と膀胱炎の関係から、水素吸入が放射線性膀胱炎の予防や症状改善にどのような効果をもたらすのかについて、詳しく解説します。
放射線性膀胱炎とは
放射線性膀胱炎とは、がん治療に用いられる放射線の副作用として起こる膀胱の炎症と、それに伴う細胞の破壊のことを指します。
放射線性膀胱炎は、膀胱がんはもちろん、前立腺、子宮、卵巣、直腸、結腸がんなどの、骨盤領域の放射線治療後に発生します。1)
ここでは、放射線性膀胱炎の原因や症状、治療法について解説します。
放射線性膀胱炎の主な原因
放射線には、DNA合成を阻害し、がん細胞の分裂を阻止する働きがあります。このメカニズムによって、がん治療が行われています。
一方で、がん周囲の健康で正常な細胞に対しても、その影響は避けられません。正常に分裂している細胞の分裂も阻止してしまうのです。すると、血液の供給が減少し、その結果、膀胱組織の血流が低下し、最悪の場合には壊死につながることもあります。1)
放射線性膀胱炎の主な症状
放射線性膀胱炎は、他の放射線治療による副作用と同様に、放射線治療終了から6か月未満に起こる急性のものと、治療後6カ月以上あとに起こる晩期のものに分けられます。
放射線治療による膀胱粘膜のダメージによって、炎症の程度もさまざまです。
放射線性膀胱炎の主な症状としては、以下のようなものがあります。1)
軽症の場合は、頻尿、尿意切迫感、排尿困難、顕微鏡的血尿が見られ、自然に改善することもあります。重症の場合は、尿失禁、肉眼的血尿、膀胱の瘻孔形成や壊死が生じる可能性があります。
重症の場合には、次の項目で説明するような治療が必要となります。
放射線性膀胱炎の標準的な治療
放射線性膀胱炎の治療は、症状の重症度によって異なります。
軽症には抗コリン薬が使用されます。これによって、膀胱の過剰な収縮が抑えられ、膀胱炎の症状が緩和されます。膀胱洗浄や膀胱内灌流療法も行われることがあります。これらの治療法には、膀胱からの出血を、生理食塩水などの液体によって薄めることで、血液の塊が膀胱の中にできることを防ぐ目的があります。
また、高圧酸素療法(HBOT)も行われます。HBOTにより、血流が悪くなった膀胱内の血管にも多くの酸素が供給され、傷の修復が早まる効果が期待できます。一方で、重症例では膀胱摘出術が検討されることもあります。1)
水素吸入は放射線性膀胱炎の予防・改善に効果はある?
水素吸入療法は、抗酸化作用を持つことで知られ、放射線治療の副作用を軽減する可能性が示唆されています。
放射線による組織損傷の一因である活性酸素種(ROS)の生成が、水素の抗酸化作用によって抑えられることで副作用軽減につながるのではと考えられています。
水素吸入が放射線性膀胱炎の予防や改善に役立つのかについて、ここからご説明していきます。
放射線性膀胱炎の予防の可能性
水素吸入療法は放射線性膀胱炎を予防できる可能性があります。
水素吸入療法には、選択的抗酸化作用や抗炎症作用、抗アポトーシス作用といった作用があることが報告されています。2)
とりわけ、水素の抗酸化作用により、放射線照射後の組織損傷を軽減し、膀胱炎症を抑制する可能性はあります。
一方、この予防効果についての証拠はまだ十分ではなく、臨床試験での検証が求められます。2)
放射線性膀胱炎の症状改善の可能性
水素吸入療法は、放射線性膀胱炎の症状を改善する可能性も秘めています。
間質性膀胱炎や疼痛性膀胱症候群の患者に対する水素水の効果を調べた研究があります。その結果、水素水が膀胱の炎症や酸化ストレスを軽減し患者の痛みや症状が改善したと報告されています3)
また、動物実験にはなりますが、水素水が膀胱機能の改善効果を検討した研究があります。この研究では、前立腺肥大などによって、膀胱から尿管までの下部尿路が閉塞してしまい、膀胱に障害を来したラットを用いて、水素水の抗酸化作用と膀胱への影響を調査しました。
その結果、水素水の摂取が膀胱の酸化ストレスを抑制し、炎症性サイトカインであるTNF-αの発現を抑制することが確認されました。このことから、水素水は膀胱の慢性的な虚血に起因する下部尿路症状の治療に有用である可能性が示唆されています。4)
こちらは、メカニズム自体は放射線性膀胱炎とは多少異なるかもしれませんが、膀胱粘膜の障害を水素水が改善する効果が期待できるものと考えられます。
【私はこう考える】水素吸入と放射線性膀胱炎
水素吸入療法が放射線性膀胱炎に対して有効であるかは、現時点でまだ十分なエビデンスはありません。
しかし、既存の研究からは水素の抗酸化作用が膀胱の酸化ストレスや炎症を抑制し、膀胱粘膜の損傷を軽減する可能性が示唆されています。たとえば、間質性膀胱炎の患者における水素水の使用では、膀胱の炎症が軽減され、患者の症状が改善されたと報告されています。これらの結果から、放射線性膀胱炎に対する水素吸入療法の効果が期待されるものの、更なる研究が必要です。
放射線性膀胱炎は進行することがあるため、早期の予防や軽度症状に対する治療として水素療法が効果を発揮すれば、患者の生活の質向上に貢献できるでしょう。今後のさらなる研究によって、水素吸入療法が膀胱粘膜の保護や炎症の抑制を目的とした補助療法として有効かどうかが明らかになることが望まれます。
参考文献
- Radiation Cystitis and Hyperbaric Management – StatPearls – NCBI Bookshelf https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK470594/
- Ge, L., Yang, M., Yang, N. N., Yin, X. X., & Song, W. G. (2017). Molecular hydrogen: a preventive and therapeutic medical gas for various diseases. Oncotarget, 8(60), 102653–102673. https://doi.org/10.18632/oncotarget.21130
- Matsumoto, S., Ueda, T., & Kakizaki, H. (2013). Effect of supplementation with hydrogen-rich water in patients with interstitial cystitis/painful bladder syndrome. Urology, 81(2), 226–230. https://doi.org/10.1016/j.urology.2012.10.026
- 水素水はラット下部尿路閉塞モデルにおける膀胱機能改善効果を示す