《この記事の執筆者》
国立大学医学部卒。大学病院で25診療科を経験したのち、大阪や愛知、静岡、徳島など各地域の拠点病院で科の垣根を越えて診療に従事。基礎医学研究をしていた期間もあり、研究発表では最優秀賞を受賞。その後東京都の公立病院で内科全般、精神科、麻酔科、産婦人科、救急医療などに携わる。
放射線治療による食欲不振は、多くのがん患者が抱える悩みの一つです。
治療の副作用として食欲が減退すると、治療に必要なエネルギーが不足し、症状が悪化する恐れがあります。
近年、水素吸入がこの問題の解決策として注目されています。水素が持つ抗酸化作用により放射線による酸化ストレスを軽減し、食欲不振の症状を和らげる可能性が示されています。
本記事では、放射線治療と食欲不振の基礎知識から、水素吸入が食欲不振の予防・改善に役立つ可能性について最新研究をもとに詳しく解説します。これから放射線治療を始められる方やすでにされている方に役立つ内容となっているので、ぜひご参考ください。
放射線治療による食欲不振について
放射線治療による食欲不振は、がん治療で放射線治療を受けた患者さんが発症することのある症状です。
がん治療中に食欲が落ちると、治療のために必要なエネルギーを取れなくなり、気分の低下など抑うつ症状を合併することもあります。
がん治療が長引く原因となる可能性もあり、決して見過ごしてはいけない症状です。
放射線治療による食欲不振の原因
放射線治療による食欲不振は、口や食道、胃、腸など消化管に放射線が照射されてダメージを受けることが原因で発症します。
食欲不振の原因となりやすいがんの種類は、消化管系のがんだけでなく、膵臓がんなどお腹のがんや子宮がん、前立腺がんなども挙げられます1)。
放射線治療による食欲不振の症状
口・のど周囲のがんに放射線を照射したときは口内炎が生じ、食道がんでは食道の炎症などにより食べ物が通過するときに痛みが生じます1)。
お腹のがんだと腸への影響で吐き気や嘔吐、下痢などが生じやすいです。
ほかにも子宮や前立腺のがんでは大腸や直腸に照射されるため、下痢や血便などが現れることがあります。
またこれらの症状とは別に、放射線宿酔という症状があります2)。放射線照射後数時間で起きる副作用で、だるさや胃腸症状、頭痛など二日酔いに似ており、一時的に食欲不振が起きやすいです。
放射線治療による食欲不振の治療
放射線治療で食欲不振が現れた際の特異的な治療法は、今のところありません。
傷ついた消化管の細胞を修復するために、普段より多くの栄養・カロリーを摂ることが大切です3)。
一度に食べられない場合は数回に分けて少量ずつ食べるなどの工夫を行いましょう。
食事がうまく摂れない場合は早めに医師や医療スタッフに相談することも大切です。
水素吸入は放射線治療による食欲不振の予防・改善に効果はある?
放射線治療による食欲不振は多くの患者さんが悩む問題であり、現在もさまざまな治療法が研究されています。
水素吸入もその1つであり、多くの疾患で抗酸化・抗炎症作用などの効果が報告されています。
今回、水素吸入が放射線治療による食欲不振に有効な可能性が示されたので、詳しく見ていきましょう。
水素が放射線治療による酸化ストレスを軽減した
この研究は49名の被験者が参加したランダム化比較臨床試験です4)。
すべての被験者は肝臓がんを患っており、水素水投与群(水素群)と通常水投与群(対照群)に分けて7〜8週間の放射線治療を行いました。
各群ではそれぞれの水分を毎日1.5〜2L飲んでもらっています。
酸化ストレスを評価するためにヒドロペルオキシド濃度を測定し、体内の抗酸化作用を評価するために統合した指標であるBAPを測定しました。
結果は次のとおりです。
- ヒドロペルオキシド濃度は対照群で約2倍と有意に上昇したが、水素群は変化がなかった。
- BAPは対照群で約0.5倍と有意に減少したが、水素群は変化がなく有効性が維持されていた。
この結果から、放射線治療による酸化ストレスを水素が軽減したと示されました。
食欲不振など放射線治療の副作用は、細胞やDNAを傷つける酸化ストレスが誘発の原因の1つと考えられています。
この研究で水素が酸化ストレスを緩和したと示されたことから、放射線治療による食欲不振の予防や改善に水素が有効な可能性が示唆されたといえるでしょう。
水素が放射線治療による食欲不振の症状を軽減した
実際に同じ研究で、水素が放射線治療による食欲不振の症状を軽減できる可能性が報告されました。
研究では、被験者の胃腸症状や放射線治療の効果が、水素の介入でどう変化するかを検証しています。
各胃腸症状の程度は患者さんに0〜5点で点数をつけてもらい、評価しました。
水素は放射線の効果を落とさずに副作用を軽減する可能性
結果として、放射線治療6週間後の食欲不振の点数は、対照群で約2.7点、水素群で約1.3点と有意に症状が軽減したと報告されています。
また、肝臓がんへの放射線治療で完全・部分的な治療効果が得られたのは、対照群では24例中12例、水素群で25例中12例と有意差はなく、同様の治療効果であったとしています。
これらの結果から、水素は放射線治療の効果を落とすことなく食欲不振の症状を予防・改善できる可能性が示唆されました。
水素水よりも高い吸収率の水素吸入で同様の研究が行われれば、食欲不振の症状の予防・改善効果がより明確に現れるかもしれません。
【私はこう考える】水素吸入と放射線による食欲不振
放射線治療による食欲不振に対する水素吸入の予防・改善効果について解説しました。
水素がヒトの臨床試験で放射線治療による酸化ストレスを軽減し、その上で食欲不振の症状を予防・改善できる可能性が示唆されたのは、大きな成果だといえます。
ただし水素が放射線治療による食欲不振で有効である報告は、現在では世界中で1つのみでした。
放射線治療による食欲不振は悩む方は少なくないですが、同じがんの種類でないと統計の信頼性が得にくいという問題があるのかもしれません。
しかしながら、ヒトの臨床試験で予防・改善の効果が示唆されたのは、今後も自信を持って治療開発ができる力となるでしょう。
今後、水素吸入がヒトでの放射線治療による食欲不振の予防・改善に有効な可能性が広がっていくことを期待しています。
参考文献
- Q1.がんの治療を受けている患者さんはなぜ食事が食べられないのでしょうか?|独立行政法人国立病院機構神戸医療センター
- 放射線治療科|静岡市立清水病院
- 放射線治療の実際|がん情報センター
- Kang, K. M., Kang, Y. N., Choi, I. B., Gu, Y., Kawamura, T., Toyoda, Y., & Nakao, A. (2011). Effects of drinking hydrogen-rich water on the quality of life of patients treated with radiotherapy for liver tumors. Medical gas research, 1(1), 11. https://doi.org/10.1186/2045-9912-1-11