《この記事の執筆者》
2011年国立大学医学部卒。初期臨床研修を経て総合診療医として勤務しながら、さまざまな疾患の患者さんに向き合う治療に従事。医療行政に従事していた期間もあり、精神福祉、母子保健、感染症、がん対策、生活習慣病対策などに携わる。結核研究所や国立医療科学院での研修も積む。2020年からは医療法人ウェルパートナーで主任医師を勤める。
抗がん剤治療中に注意すべき副作用の一つが「血栓症」です。
血栓症は、血液中に血の塊ができて血管を詰まらせる病気で、命に関わる深刻な合併症を引き起こすこともあります。
そこで、近年注目されているのが「水素吸入」による血栓症予防や改善の可能性です。
本記事では、抗がん剤治療による血栓症の原因や症状、対策に加え、水素吸入がどのように役立つ可能性があるのかを詳しく解説します。抗がん剤治療を受ける方にとって役立つ内容となっていますので、ぜひ最後までご覧ください。
抗がん剤治療による血栓症について
抗がん剤はがん細胞の増殖を抑えてがんを縮小させる効果がある薬剤です。現在のがん治療において、手術や放射線治療とともに主要な治療方法の一つとなっています。
しかし、抗がん剤は正常な細胞にダメージを与えて様々な副作用を引き起こす薬剤でもあります。「血栓症」もその一つで、血液中で血栓(血液の塊)ができて血管を詰まらせる病気です。
まずは、抗がん剤治療による血栓症の原因、症状、対処方法について詳しく見てみましょう。
抗がん剤治療による血栓症の原因
血栓症は抗がん剤の副作用によって引き起こされることが知られています。
明確な発症メカニズムは解明されていない部分もありますが、以下のような原因が挙げられています。
- 血管内皮細胞(血管の内側を覆う細胞)への直接的なダメージ
- 活性酸素の増加による血管内皮細胞の炎症
- 血液を固まらせる細胞や分子の活性化促進
なお、抗がん剤治療による血栓症は、様々ながんの治療に用いられているシスプラチン、ドキソルビシン、ブレオマイシンなどで生じやすいことが分かっています。
抗がん剤治療による血栓症の症状
症状の現れ方は詰まった血管の部位や血流低下の程度によって異なります。
一般的に多く見られる血栓症は、深部静脈血栓症です。深部静脈血栓症はふくらはぎの血管が詰まることで脚の痛み、腫れ、熱感、発赤などの症状を引き起こします。
重症な場合には、血流の著しい低下による皮膚の変色や潰瘍などの症状を引き起こすのが特徴です。
また、脚にできた血栓が肺や脳の血管に流れると次のような症状が特徴である肺塞栓症や脳梗塞など命に関わる合併症を引き起こす場合もあります。
- 肺塞栓症:呼吸困難、胸の痛み、冷や汗など
- 脳梗塞:麻痺、めまい、しびれ、言語障害など
抗がん剤治療による血栓症の対処や治療方法
抗がん剤治療中は血栓症を予防するために次のような対策が必要です。
- 血液が固まりにくくなるための薬物療法
- 弾性ストッキングの着用
- 適度な運動や水分摂取などの生活習慣改善
万が一、血栓症を発症した場合には血栓を溶かす薬物療法、血栓が肺などへ流れることを予防するためのフィルターを血管に留置するためのカテーテル治療が必要です。
水素吸入が抗がん剤治療による血栓症の予防や改善に役立つ可能性
血栓症は上述したように命に関わる場合もあるため、抗がん剤治療中に最も注意すべき副作用の一つです。そのため、これまでにも予防や改善方法を見出すための研究が重ねられてきました。
近年では、水素分子が抗がん剤治療による血栓症の予防や改善に役立つ可能性を示唆する研究結果も報告されています。具体的な内容を見てみましょう。
水素分子が血管へのダメージを予防する?
2018年、日本の研究チームは水素水(水素ガスが溶けた水)の飲用が血管内皮細胞のダメージを軽減する可能性を示唆する研究結果を報告しました1)。
この研究は、マウスを用いた動物実験です。血管内皮細胞にダメージを引き起こしたマウスに水素水を与えたところ、血管のダメージが抑えられたことが明らかになりました。組織学的には、水素水を飲んで生活したマウスは血管内皮細胞の炎症が有意に抑えられたことも明らかになっています。
水素吸入が抗がん剤治療による血栓症予防に役立つ可能性
今回の研究から、水素水は血管内皮細胞の炎症を抑えることで血管へのダメージを軽減する可能性が示唆されました。抗がん剤治療による血栓症は抗がん剤による血管への直接的なダメージや炎症が原因の一つであるため、水素水には血栓症の副作用を予防する可能性があると考えられます。
水素吸入は水素水の飲用よりも効率に水素分子を体内に取り込むことができるため、同様の効果が期待できる可能性は期待できるでしょう。今後、さらに研究が進んでメカニズムの解明や治療への応用が叶う日を期待します。
抗酸化物質が血栓症の改善に役立つ?
2023年、ルーマニアの研究チームは抗酸化作用を持つラベンダーオイルが血栓を縮小する可能性を示唆する研究結果を報告しました2)。
この研究はマウスを用いた動物実験です。血栓症を誘発したマウスに抗酸化作用があるラベンダーオイルを投与すると血液が固まりやすくなる状態が改善し、血栓が縮小したことが明らかになりました。
水素吸入が抗がん剤治療による血栓症の改善に役立つ可能性
今回の研究から、抗酸化物質は血栓症の改善に役立つ可能性が示唆されました。研究ではラベンダーオイルが使用されましたが、同じく抗酸化作用を持つ水素吸入にも同様の効果が期待できるかもしれません。
確実な効果があると断言できる段階ではありませんが、ヒトを対象とした研究が進んで抗がん剤治療による血栓症の治療にも役立つ日が来ることを期待します。
【私はこう考える】水素吸入と抗がん剤による血栓症
血栓症は多々ある抗がん剤治療による副作用の中でも深く注意すべきものの一つです。そのため、血栓症が生じやすい抗がん剤を使用中は血栓症予防対策が必要となり、万が一血栓症を発症した場合には緊急での治療が必要となります。一方で、なかには命を落としたり重い後遺症が残ったりするケースも少なくありません。
今回紹介した2つの研究結果は、水素療法が抗がん剤治療による血栓症の予防や改善に役立つ可能性を示唆する結果となりました。
まず、日本の研究チームが発表した結果では、水素分子が血管内皮細胞へのダメージを抑制して血栓症の発症を予防できる可能性を示しました。組織学的な分析も行われ、水素分子が血管内皮細胞の炎症を改善することを示したのは非常に有意義な結果であったと考えます。
また、ルーマニアの研究チームによる報告ではラベンダーオイルという特殊な物質が用いられています。しかし、抗酸化作用があるという点で水素吸入の効果を示唆する結果になったと考えます。
どちらの研究も動物実験の段階であり、直接的にヒトの抗がん剤治療による血栓症への予防、改善効果を検証した研究ではありません。とはいえ、抗がん剤治療による血栓症のメカニズムを考慮すれば、十分に効果の検証を抗がん剤治療による新たな血栓症の予防や改善方法へ応用できる可能性はあるでしょう。
今後さらに研究が進んでいくことを望みます。
参考文献
- Iketani, M., Sekimoto, K., Igarashi, T., Takahashi, M., Komatsu, M., Sakane, I., Takahashi, H., Kawaguchi, H., Ohtani-Kaneko, R., & Ohsawa, I. (2018). Administration of hydrogen-rich water prevents vascular aging of the aorta in LDL receptor-deficient mice. Scientific reports, 8(1), 16822. https://doi.org/10.1038/s41598-018-35239-0
- But, V. M., Bulboacă, A. E., Rus, V., Ilyés, T., Gherman, M. L., & Bolboacă, S. D. (2023). Anti-inflammatory and antioxidant efficacy of lavender oil in experimentally induced thrombosis. Thrombosis journal, 21(1), 85. https://doi.org/10.1186/s12959-023-00516-0